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2019年 03月 04日
日本の元号の数は247なのか,231なのか,  元号について①
d0006690_12513066.jpg平成という元号の終了まですでに60日を切りました。新元号が何になってもかまいませんが,安寧とか平和が長続きするようにとから,「安永」あるいは「安久」もあるかも知れません。しかし,どちらも御免被りたく思います。なんとなく「部政権,続」みたいですから。

まあ,それはともかくも,新元号への期待よりもあやかりといった「新元号予想」の取り組みみられます。

たとえば金券ゲットをうたった「京都三条商店街」の「新元号予想キャンペーン」,無制限の図書貸し出しの「岡山県久米南町図書館の新元号予想」などです。

ところで日本の最初の元号である645年の「大化」から「平成」までの元号の数は247個,使われた漢字数は72字とされています。たとえば「NHK NEWS WEBの「WEB特集 平成の次は? 新元号を探る」」でも247個としています。この中には1336年ー1392年の南北朝時代の北朝の元号16個が含まれています。

しかし,現在の天皇は125代ですが,これには北朝の天皇8人は含まれていません。北朝の天皇は天皇ではなかったことになるので,北朝による16個の元号は,天皇でない者による詐称となり,元号から差し引くことになります。とすれば,これまでの元号の数は247−16=231個となります。

日本の元号の数と天皇の代数の食い違いをどうみたらよいのでしょうか。

北朝による16個の元号はなかったことにすれば,兄の足利尊氏と弟の足利直義(ただよし)との史上最大の兄弟喧嘩である「観応の擾乱(かんのうのじょうらん),1349ー1352」はどうなるのでしょうか。この歴史用語の「観応の擾乱」の「観応」は北朝による元号で,1350年ー1352年です。この時の南朝の元号は「正平(しょうへい),1347年ー1370年」です。なお,尊氏は弟直義追討のために1351年(観応2/正平6)から翌年にかけて,南朝と一時的に和議を結びます。こちらの歴史用語は,和議にあたって尊氏が北朝を廃止(北朝は翌年に復活)したので「正平一統(しょうへいいっとう)」です。


by gakis-room | 2019-03-04 18:00 | つれづれに | Comments(0)


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