2018年 06月 22日
6月21日(1582年),今年も「本能寺の変」
d0006690_12474712.jpg朝日新聞の昨日の朝刊「ののちゃん」です。1991年10月10日からの連載で,当初は「となりの山田くん」でしたが,1997年から主人公と題名が現行に変わりました。

ののちゃんや山田一家の日常のハチャメチャやドタバタが中心ですが,時折,異物(?)が紛れ混みます。昨日の「本能寺の変」もその一つで,これで3回目です。いずれも「3年3組 学級新聞」の体裁を取っていますが,内容的は小学3年生の学級新聞としてはあり得ない内容です。

本能寺の変が起きたのは「天正10年6月2日」ですが,旧暦を新暦(グレゴリオ暦)換算しないで,「月日」だけを新暦にスライドさせてしまうことがよく行われます。代表的なのは赤穂浪士の討ち入りです。討ち入りは元禄15年12月15日ですが,新暦では1702年1月31日です。雪中の討ち入りがよく描かれますが,いくら温暖化以前の江戸時代とはいえ,12月中旬の大雪は無理筋かと思います。

「月日」だけを新暦にスライドさせるやり方に違和感を持っている私ですから,6月2日ではなく,「6月21日の本能寺の変」には大賛成なのですが,それにしても作者のいしいひさいち氏はなぜ「本能寺の変」を3回も執筆するのでしょうか,その理由を知りたいところです。

本能寺の変の要因には「光秀単独犯説」,「黒幕存在説」,「主犯存在」など諸説があります。なかでも「黒幕存在説」の黒幕としては,朝廷,足利義昭などが知られています。

1回目の2015年は「据え膳食わぬは戦国大名にあらず,あたりまえ」説でした。2回目の2016年は「暫定天下人 三好長慶の後ガマをついやっちまった程度」説でした。そして今回は,本能寺の変に黒幕はなく,また動機もいたって単純で「おちていたからとっさに拾った」説です。いずれも本能寺の変を「偶然の小事件」としているところが面白いと思います。

来年には4回目があるのでしょうか,あるとすればどんな「説」が展開されるのでしょうか。ちょっとした楽しみです。

なお,今回の主人公伊勢貞興は,本能寺の変の際,麾下の2千の精鋭を率いて信長の長男でその後継者である織田信忠を二条城に攻めました。山崎の合戦で戦死,21歳と言います。その後の伊勢氏の家督は兄・貞為の子・貞衡が継ぎ,江戸幕府に仕え,大身の旗本となって明治まで存続しています。
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by gakis-room | 2018-06-22 18:00 | つれづれに | Comments(0)


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