2005年 11月 07日
青森ねぶた祭IN韓国
d0006690_653311.jpg昨日の夕方に毎日テレビの「夢の扉」で標題の放映がありました。先週と2週続きでした。

「青森ねぶた祭IN韓国」は「日韓友情年2005」のイベントの一つで9月24日にソウルの大学路で行われた「日韓交流おまつり」のパレードに参加した青森のねぶたのドキュメントでした。

パレード参加のために新たに作られた青森ねぶたの基本は日本で作られ韓国に運ばれましたが,ねぶたの曳き手はすべて韓国人,囃子や跳ね子にもたくさんの韓国人が参加しており,700人からなる日韓合作のねぶたでした。

番組ではソウルでの青森ねぶたを計画した日本の責任者と囃子としてこれに参加した韓国の女子中学生を中心につくられていました。彼女の祖母は孫が日本の祭りへの参加することを快く思っていませんでしたが,パレード当日には沿道から孫に声援を送ります。韓国のテレビMBCもねぶたをニュースで好意的に扱っていました。

このパレードには他に秋田竿燈祭りや新潟県立羽茂高校赤泊分校による佐渡おけさなど9団体が参加したそうです。それぞれにねぶたと似たような日韓交流があったのだろうと思います。韓流ブームだけではないこうした民間の地味ではあるが確実な交流の積み重ねと,少数とはいえ政治家の知性を欠落させた言動との対比を考えさせられてしまいます。

ましてや「私的」な行為によって「公的」な関係を阻害させてかまわないとする靖国神社参拝は一国の政治責任者の言動としてはお粗末すぎるとしか言いようがありません。
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# by gakis-room | 2005-11-07 06:44 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 06日
週末は雨?
日曜日は週末なのか,週初めなのかは諸説があるのでしょうが,昨日の土曜日は実に5週間ぶりの好天気でした。10月の土曜日は,1日こそ曇りでしたが,8日,15日,22日,29日ともすべて雨でした。ところがきょうは昼過ぎまで雨でした。

日曜日を週末とすれば,これで5週連続で週末は雨となります。基本的にフリーの私は週末に出かけることはしないので何の不都合もありませんが,行楽シーズンの週末の雨を恨めしく思った人も多いと思います。

さて,来週の土・日はどうなるのでしょうか。週間天気予報では12日の土曜日は曇り時々雨となっています。私は19日の午後からは所用で外出を予定しています。
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# by gakis-room | 2005-11-06 17:55 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2005年 11月 04日
ソウル旅行・4日目
d0006690_754538.jpg昌徳宮の北側にある秘苑はとても美しい庭園です。かつて真夏に訪れたときも緑が鮮やかでしたが,紅葉の秘苑もすばらしいものでした。

d0006690_782426.jpg京都にいた学生時代,景色を独り占めする贅沢のために雪の降る日にお寺によく行きました。この日はとても多くの日本人観光客であふれていましたから,民族村の時と同じようにそんな贅沢をしてみたいと思ってしまいました。

午後からは徳寿宮を回って,兄弟姉妹4人の4日間のソウルへの旅を終えました。(11月6日)
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# by gakis-room | 2005-11-04 07:27 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 03日
ソウル旅行・3日目
d0006690_4583043.jpg午前中は民族村に行きました。ここは昔の家屋を集めただけでなく「生活の再現」の工夫もあって昔の時代にタイムスリップした感じが強くなります。季節柄,こどもたちの遠足で賑わっていましたが,雪の日の誰もいないに時に来てみたらなんて想像してみました。

初めてノルティギ(板跳び)を見ました。演技者は跳び上がる高さを強調するためかミニのチマ(裳)でしたが,ノルティギは伝統的な正月風景ですから,風になびくチマだったらもっと美しかったのにと少しがっかりしました。

d0006690_459624.jpg午後からは水原(スウォン)の華城(ファソン)に行きました。ここは,日本のお城とは違って都市そのものものを城壁で囲む都城の全域を見ることができる唯一の場所かも知れません。

ここを訪れるのは2度目です。この都市を建設した朝鮮王朝第22代国王正祖についてはハングルを創始した第4代国王世宗以上に私の関心事です。彼の早すぎる死がなければ王朝の近代化は途絶えることなく,歴史が違ったものになったのではないかと,つい考えてしまいます。

d0006690_4594290.jpg夕方には南大門市場の後,南大門のライトアップを見ました。かつてはロータリーになっていて車道の真ん中に孤立していた門ですが,南側の車道がつぶされて芝の広場がつくられましたから近くからゆっくりと見ることができました。

同じように車道に代えて新しくつくられた市庁舎前の広場そして復元された清渓川,ソウル市長の政治です。(11月6日)
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# by gakis-room | 2005-11-03 04:45 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 02日
ソウル旅行・2日目
d0006690_1582681.jpgソウル旅行の2日目です。朝から3時過ぎまでの日程で板門店に行きました。写真の向かい合っている兵士の手前の左右のコンクリート製のラインが休戦協定ラインで,兵士を含めてこのラインの向こうが北朝鮮領域です。私は板門店へは2度目ですが,私を含めてツアーの参加者には独特の緊張感があったみたいです。


d0006690_135698.jpg板門店から帰った後,夕方には10月1日に通水された清渓川(チョンゲチョン)を見た後,コリアハウスで宮廷料理と伝統芸能を楽しみました。

清渓川の復元については6月5日と8月12日にも書きましたが,多くの市民で賑わっていました。高架道路と暗渠を撤去し,川を回復したソウル市の英断は新聞の紙面からは市民にも好評のようです。川は思いの外流れが急で,岸辺も復元されたものとは思えない自然さでした。来年の夏にはこの川に涼をとる市民の風景を是非見てみたいと思いました。(11月5日)
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# by gakis-room | 2005-11-02 01:30 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 01日
ソウル旅行・1日目
d0006690_0413917.jpg3泊4日のソウル旅行のお目当てはなんといっても10月28日にオープンされた国立中央博物館でした。

国立中央博物館はそれまでは景福宮を覆い隠してそびえ立つ旧朝鮮総督府の建物を利用していましたが,旧朝鮮総督府の建物は光復節(韓国独立)50周年の1995年に「民族の精気の再生」のもとに,日本による植民地支配の象徴であるとして取り壊されることになりました。

これにともなって,国立中央博物館は景福宮の西北隅の仮設建物で永く開館されていましたが,新しい建物が完成し,オーブンとなりました。新設されたものは世界で6番目の大きさという雄大さで,展示にも様々な工夫がこらされており,とてもわかりやすくなりました。私が訪れた2時過ぎから閉館の6時までに,全体の三分の二ほどしか見ることができませんでした。

残りの三分の一のためにもう一度訪れてみたいと思っていますが,一つだけ不満がありました。それは景福宮の仮設時代にあった展示物がなくなっていたことです。仮設時代には入館するとすぐに日本の植民地支配以前と以後の景福宮の変化を示す展示があり,それは日本の植民地支配の非文化性を一目瞭然で示すものでした。

あの展示物は景福宮からどこかの場所へ移されたのかも知れませんが,新設の国立中央博物館でなくとも,どこかで展示されるべきものであるように思います。(11月5日)
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# by gakis-room | 2005-11-01 00:39 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(1)
2005年 10月 31日
なぞの地蔵
d0006690_7572964.jpg道路の脇に小さな地蔵が置かれていることがあります。赤いエプロンが付けられていたり,花が供えられていることがあります。これまで私は「ここで交通事故があって残された者が無念の霊を慰めている」と勝手に考えてきました。

しかし,先日,車が通るはずもない奥まった道の横の斜面に地蔵が置かれているのを見ました。一体ここで何があったのだろうかと考えてしまいました。未だに私にとって謎のままです。
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# by gakis-room | 2005-10-31 08:03 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
2005年 10月 30日
刈田の風景
d0006690_6381088.jpgこどもの頃は,刈り取られた稲をこんな風に天日で乾燥させる風景が一般的でした。しばらくすると,田のあちこちで足踏み脱穀機を手際よく扱う風景に変わります。学校帰りによく見たものでした。いつの間にか機械化されてこうした風景は消えてしまいました。先日久しぶりに出会ってとても懐かしく思いました。
d0006690_6433786.jpg足踏み脱穀機から今ではコンバインに代わり,脱穀後のわらを田で干すこともまれです。写真のわらはこの後どのように処理されのかを知りません。私のこどもの頃は,上の写真のように架けられて長い間田に置かれていました。

私の通った小学校では,田植え時と収穫時には農家のこどもたちには早退が許されていた記憶がありますが,それも遠い昔のことです。
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# by gakis-room | 2005-10-30 06:39 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
2005年 10月 29日
理念なき自民党の新憲法草案を嗤う
自民党の新憲法草案が決定されました。この新憲法草案についての論議は「戦争放棄」から「安全保障」へと章のタイトルが変わった第9条を中心になされることでしょうが,私には,自民党草案には何よりも民主主義の歴史性とその理念が欠落しているように見えます。

自民党草案では,前文の冒頭に「日本国民は,自らの意思と決意に基づき,主権者として,ここに新しい憲法を制定する」としています。この部分に問題はありません。問題は国民を「主権者」としながら,国民主権主義の理念が欠落していることです。

自民党草案だけでなく,現行憲法への私の不満はその構成にあります。なぜ,主権者である国民が第3章で,その「地位は国民の総意に基づく」ものである天皇が第1章なのでしょうか。主客が転倒しています。

憲法の第1章は断じて「日本国民」です。大日本帝国憲法では,天皇が主権者でしたから,第1章は天皇でした。国民主権主義の憲法の第1章は,ことの道理として「日本国民」でなければなりません。象徴天皇制が存続されるのであれば,第1章の中で,主体である主権者としての国民が,その総意の結果として,客体としての象徴に天皇をあてることを明確にすべきなのです。たとえば「日本国民は国民の総意に基づいて象徴としての天皇をおく」というように。

第2章は「国民の権利および義務」です。そして最初の条は現行憲法の第97条,すなわち「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって,これらの権利は過去幾多の試練に堪え,現在及び将来の国民に対して侵すことのできない権利として永久に信託されたものである」とします。

ついで,その次の条で現行憲法の第12条の前段「この憲法が国民に保障する自由及び権利は国民の不断の努力によって,これを保持しなければならない」とします。

このように国民主権主義,つまりは民主主義の歴史性とその理念を踏まえた上で,現行憲法の「第2章 戦争の放棄」と自民党草案の「第2章 安全保障」は,第98条の第2項の「日本国衙締結した条約及び確立された国際法規は,これを誠実に遵守することを必要とする」とともに「国際関係の基調」として第3章であることが,国民主権主義の憲法として私には自然に思えます。
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# by gakis-room | 2005-10-29 05:43 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2005年 10月 28日
取り残された柿
d0006690_604658.jpg私が育った名古屋の家の庭に柿の木が一本あり,毎年いくつかの実を成らせていました。柿をあまり好まない私はそれを食べた記憶がありませんが,母はご近所に配ったりもしていたようですから,それなりの味だったんだろうと思います。

ところで,あちらこちらの取り残された柿がなぜか気になります。農道の脇などにあるものはやがて熟し切り,落ちて土に還るのでしょうが,庭に植えられた柿の実も同じなのでしょうか。

私の家では,昔々の野菜はもちろんですが,果樹もまた食するために植えていたように思います。ひょっとしたら,果樹をただ鑑賞するためだけに庭に植える,そういうやり方もあるのかもしれないなと思ったりします。あるいは,私が見たものはすべて取り入れ前で,しばらくすれば取り入れられるのかも知れません。
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# by gakis-room | 2005-10-28 06:43 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
2005年 10月 27日
ロッテの日本一を祝す
ロッテが31年ぶりに日本シリーズを制しました。しかも4勝0敗という圧倒的な強さでの見事な勝ちっぷりでした。パリーグのフレーオフ以来,「にわか『ロッテファン』のファン」として,また,密かにバレンタイン監督を応援してきましたからうれしい限りです。

ロッテというチームはダメなチームでした。1985年に稲尾監督のもとで2位になってから一昨年までの18年間,1995年の2位を除いてAクラス入りしたことはありませんでした。その1995年,10年ぶりにAクラス入りを果たしたバレンタイン監督をその年に解雇しています。その後,1998年には今年の楽天でも敗れなかった(?)18連敗という不名誉なプロ野球記録を残します。

昨年の9年ぶりのAクラス(3位),そして今年の日本一について三つの感想を持ちました。一つはバレンタイン監督の先発も打順も固定しない日替わりメニューの采配です。これは,打線を固定した安定したチームの強さという考えを覆すものでした。彼の野球への考え方,人柄を知りたいと思いました。

二つ目は西の阪神,東のロッテといわれるロッテファンについてです。太鼓はありますが,あのうるさいトランペットのない見事な応援ぶりです。ホームランが期待される打者の時は,一斉に虫取り網を掲げたりします。「I Believe」,「俺たち千葉ロッテ」というプラカードも見られました。ロッテはファンを26番目の選手としてのベンチに背番号26のユニフォームを掲げています。いつか太鼓のない応援になってほしいと期待しています。

三つ目はチームの若さです。出場した16人の野手の平均年齢は30.4歳,外国人選手を除いた先発出場の12人の平均年齢は27.9歳です。30歳以上は第3試合から出場した堀選手の36歳,福浦,大塚の2選手の30歳の3人です。出場投手の8人についも32歳が最年長者で,平均年齢も30.3歳でした。ロッテは来年も十分に期待できるチームのようです。

しかし,私は「ロッテファン」になることはありません。プロ野球は高校野球よりもはるかに好きですが,毎年,気にする選手は何人かいても,チームを応援しなくなってから久しくなります。
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# by gakis-room | 2005-10-27 06:20 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2005年 10月 26日
韓国で8歳の大学生の誕生
韓国で,7歳8ヶ月で大学に合格した少年が話題になっています。彼の名はソン・ユグン。彼は昨年11月,小学6年生に入学、3か月で卒業した後,今年5月,最年少の高校入試検定試験に合格,8月の大学入試検定試験にも合格して,小・中・高校の12年間の課程を9か月で通過しました。

今月22日には,仁荷大学の「2学期随時募集『21世紀グローバルリーダー選考』の自然科学系列」を受験して,韓国史上最年少で合格しました。大学は「面接試験で量子力学(粒子水準の微視的な現象を説明する物理学の分野)と関連したシュレーディンガー方程式理論など,難しい物理方程式でずば抜けた実力を見せ、その優秀さを認め合格とした」としています。

これを受けて,政府は25日,「ソン・ユグン支援グループ」を結成し、積極的に支援をすることを明らかにしました。それによると物理学,数学,心理学,教育学など,各界の専門家グループ4,5人で構成する「ソン・ユグン担当支援グループ」を組織し,ソン君を積極的に支援するとしています。支援グループは,頻繁にソン君に会って学問的討論はもちろん,人生相談にまで乗ることになるそうです。

また,仁荷大学でもソン君のための「天才科学者育成プロジェクト」を急遽立ち上げ,入学後のソン君は一般の講義ではなく,教授と1対1の討論授業を受ける一方,ネイティブスピーカーから英語の個人レッスンを受けることにするとしています。

さらに大学はソン君の大学生活をサポートする「ヘルパー大学生」を準備し,ソン君と一緒に生活するようにするとともに,体育・音楽・美術科目は付近の小学校で授業を受ける「カスタマイズ学習」をすることになるだろうとしています。

まあ,すごい,の一言に尽きますが,「この少年の人生,大丈夫かな」という不安を感じてしまうのは,凡才のいらぬ繰り言なのだろうと思います。
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# by gakis-room | 2005-10-26 06:39 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(4)
2005年 10月 25日
夕焼けの変化
d0006690_5381486.jpg夕焼けは瞬時に消えてしまいます。それでも雨上がりで雲が多く,少し流れている時は連続した変化を見ることができておもしろいと思いました。



d0006690_5383036.jpg少しずつ変化しながら,周囲から闇がだんだんと押し寄せて,やがて一面がすっかり闇になっていく様は,太陽が沈んでいくと言うよりもむしろ遠ざかっていくようにも見えました。
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# by gakis-room | 2005-10-25 05:51 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2005年 10月 24日
ソウルの漢字表記は「首爾」へ
韓国紙は,韓国の首都ソウルの漢字表記について,23日の中国の国営新華社通信の報道として「中国は近く,ソウルの中国語表記を実際の発音に近い「首爾」に変更する予定」と伝えています。

「ソウル」(「都=みやこ」の意)は韓国の固有語で,韓国では例外的に漢字表記されない地名でした。これまでの中国はソウルを朝鮮王朝時代の呼び名であった「漢城」と表記しており,また,韓国で発行されている中国語版地図でも「漢城」とされてきました。

ソウル市の李明博(イ・ミョンバク)市長は,今年1月,ソウルの漢字表記を従来の「漢城」から「首爾」に変更すると発表し,中国にこの表記の使用を要請してきましたが,これまで中国メディアは「漢城」から「首爾」に変更する場合,15億人にのぼる漢字使用人口に大きな不便を与えるとし,否定的な反応を見せてきました。

中国の政府,メディアがソウルの漢字表記を「首爾」に確定すれば,李明博(イ・ミョンバク)市長は韓国のこれまでの悩ましい「ソウルの漢字表記問題」を解決したこととなり,清渓川の復元など人気上昇中でもあり,次期大統領選への大きな足場を築いたことになります。

なお,「首爾」には,爽やかで花々が生い茂る都市という意味合いがあるそうです。
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# by gakis-room | 2005-10-24 09:03 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(6)
2005年 10月 23日
時代祭
d0006690_7234776.jpg昨日,時代祭の時代風俗行列を見に行きました。この前見たのは学生時代でしたから本当に久しぶりのことです。

学生時代にはどんな感想を持ったかはさっぱり覚えていませんが,全部で18の行列をあらためて見て,先頭の維新勤王隊列の鼓笛隊と徳川城使上洛列の毛槍奴を除けば,ただ歩いているだけで,もう少し見せる工夫があってもいいかなという感想でした。

もっとも,こんな不満も10月下旬としては異常に低すぎる気温と風の中の2時間余のことだったからかも知れません。あるいはそれ以上に,服装を間違えた寒さから,時代祭の後は6時からの鞍馬の火祭を見に行くという「祭りのはしご」を早々と断念してしまった悔しさからかも知れません。
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# by gakis-room | 2005-10-23 05:39 | つれづれに | Trackback | Comments(0)