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2012年 05月 31日
タイリンキンシバイでいいかな,ヒペリカム・ヒドコート
d0006690_16283964.jpgタイリンキンシバイ(大輪金糸梅) オトギリソウ科 オトギリソウ属

「例の田舎道」が終わって,住宅街を抜けた駅前の植え込みです。樹高は腰ほどです。

学名のヒペリカム・ヒドコートの名前で知られているようですが,和名はタイリンキンシバイです。ヒペリカム・ヒドコートは学名に由来します。私には和名で覚えようとするクセがありますから,タイリンキンシバイとしました。

キンシバイ(私はまだ見ていません)の園芸種のようです。そのキンシバイよりも花がやや大きいので「大輪」です。キンシバイの名の由来は,雄しべが金の糸のように見え,梅の花に似ていることからです。

葉の付き方はキンシバイは2列対性ですが,こちらは写真左下にみられるようにちょっとずれた十字対性です。

d0006690_1629094.jpg花径は5〜6センチです。キンシバイは3~4センチで平開しないそうですが,こちらは平開に近く開き,黄色味が強いそうです。

花弁が大きい割りに雄シベが短く,花弁の半分くらいの長さです。キンシバイは雄しべの長さは花弁よりやや短いか,あまり変わらないそうです。


雄しべは5つの束になっています。雌しべの柱頭は5つに分かれており,その束毎に落ちていくそうです。

また,別名にセイヨウキンシバイ(ヒメキンシバイ)もあるようですが,セイヨウキンシバイは,キンシバイよりもビヨウヤナギに似ています。

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by gakis-room | 2012-05-31 17:00 | 花の手帳 | Trackback | Comments(2)
2012年 05月 30日
4弁のキキョウソウ
d0006690_15594050.jpgキキョウソウ(桔梗草) キキョウ科 キキョウソウ属

初めてキキョウソウを知ったのは5年前の6月でした。「例の田舎道」でした。

ヒョロヒョロとの伸びた茎に1センチほどのきれいなムラサキの花をつけます。その花が下から段々と咲いていくので,別名をダンダンキキョウと言います。

キキョウソウは5弁の花です。先日,4弁のキキョウソウを見ました。普通は5弁のヘビイチゴの6弁,7弁を見たことがありますから,4弁のキキョウソウがあっても不思議ではありません。

四つ葉のクローバーは幸せの証といいますが,4弁のキキョウソウを見てから4日経ちますが,特に幸せも不幸せもない,平凡な日が続いています。

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by gakis-room | 2012-05-30 17:00 | 花の手帳 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 29日
うつむきかげんに整列しています,ウツギ
d0006690_16514097.jpgウツギ(空木) アジサイ(ユキノシタ)科 ウツギ属

「例の田舎道」です。樹高は1.5〜3メートルくらいになるようです。私が見たものは目の高さより少し上ですから1.7メートルから2メートルくらいです。1つの枝にたくさんの白い花をつけてます。

ウツギの名前の由来は,枝が空洞になっているので「空ろ木(うつろぎ)」が変化して「空木」になったそうです。あるいは卯月(4月)頃に花を咲かせるので,「卯木」とも。「卯の花」は「ウツギの花」の略です。

すでに5月は終わろうとしていますが,きょうは旧暦4月9日,ちょうど今頃からの花です。

d0006690_16513676.jpg花径は1センチ位です。

雄しべの下半分についた翼は「ヒメウツギ」でも書いたようにヒメウツギのように突き出てはいなく,ほほ四角です。

それにしても「おから」のことをなぜ「卯の花」というのでしょうか。以下はウィキペディアの記述です。

おから」は絞りかすの意で茶殻の「がら」などと同源の「から」に丁寧語の「御」をつけたもので、女房言葉のひとつ。「から」が空に通じるとして、縁起を担いで、白いことから卯の花(うのはな、主に関東)

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by gakis-room | 2012-05-29 17:45 | 花の手帳 | Trackback | Comments(4)
2012年 05月 28日
紀元前585年の日蝕の予言
d0006690_101711100.png紀元前585年のきょう,皆既日蝕があったそうです。そして,その日蝕を古代イオニアの自然哲学の祖とされるターレスは予言していたそうです。

ターレス(636〜546BC)は,自然哲学の祖であっただけでなく,数学 ・幾何学の祖さらには天文学者でもありました。一言で言えば,天才ということでしょうか。

もっともターレスの日蝕の予言は,ギリシアの歴史家ヘロドトスよれば年単位で的中させただけで,蝕の度合いや日時を正確に言い当てたものではなかったようです。それにしてもターレスに限らず古代の東西の学者たちの「計算」には感嘆するばかりです。

左はあるサイトで見た古代のギリシア数字です。後のローマ数字の表記とよく似ています。違いと言えば,4は「V(5)−I(1)」を表す「IV」ではなく1を4つならべた「IIII」のようです。また,50は5に10を小さく重ねている(ローマ数字ではL)などです。

ギリシア数字にしても,ローマ数字にしてもこれらを使ってどの様に計算したのでしょうか。私なぞ,考えただけで計算を諦めてしまいます。

また,縦書きの漢数字での計算にしても同じです。中国の科挙(「科目による選抜推挙」)の科目には進士科(詩文)が最上位でしたが,明算科(計算術)もあったようです。「計算ができるというのも立派な才能」である,いいえ,立派すぎる才能のように思われてなりません。
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by gakis-room | 2012-05-28 18:30 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2012年 05月 27日
アザミという花はありません,これはノアザミです
d0006690_12252071.jpgノアザミ(野薊) キク科 アザミ属

ノアザミです。アザミ類は日本に100種,世界に300種ほどがあり,その総称がアザミで,アザミという個体種はないそうです。

アザミ類の多くは夏から秋にかけて咲きますが,ノアザミはこの時期に咲きます。このノアザミと外見ではほとんど見分けの付かない種に「ノハラアザミ」があるそうですが,こちらは秋に咲きます。

これまでにアザミと付く花を3回記事にしてきました。平地で見られるノアザミがもっとも一般的な種でしょうか。

 アメリカオニアザミ 2009年6月24日 アザミ属
 キツネアザミ 2010年5月25日 キツネアザミ属
 オオカッコウアザミ2010年11月26日 アゲラタム属

いずれも花弁が5枚のまるで糸のような筒状花がたくさん集まって頭状花を形成していますが,その5弁は肉眼ではほとんど分かりません。

なお,まれに白色のものもあるそうです。

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by gakis-room | 2012-05-27 17:00 | 花の手帳 | Trackback | Comments(2)
2012年 05月 26日
1260年前のきょう,東大寺大仏の開眼会がおこなわれましたが…
d0006690_19172999.jpg天平勝宝4年4月9日,752年5月26日,東大寺盧舎那仏像(いわゆる大仏)の開眼会が行われました。その後,大仏は2度の危機を迎えます。

1度目は1180年の平清盛の子,重衡による南都焼き討ちです。この時,大仏殿は焼失し,大仏も大破します。これを復興させたのが造東大寺大勧進の「重源,61歳」でした。大仏開眼は5年後の1185年,重源64歳,大仏殿再建は1195年,重源74歳でした。

2度目は1567年,松永久秀による兵火です。大仏殿は焼失し,大仏も胸から上が解けてしまいます。公慶の勧進によって大仏が蘇るのは124年後の1691年(開眼会は翌年の1692年)です。大仏殿の再建は18年後の1709年です。

大仏再建までの124年間,胸から上が焼け解けた「大仏は頭部は銅板で仮復旧されたままで,雨ざらしの状態」(ウィキペディアによる)だったようです。この「銅板で借り復旧」が私には分かりませんでした。

きょうの朝日新聞「be on Saturday」の「奈良には古き仏たち 盧舎那仏」では以下のように説明されていました。

   被災直後に胴部を補鋳,南都の仏師に木の仮仏頭を造らせ,それに銅板を張って整えた

「木の仮仏頭」は寄せ木造りでしょうが,6.7メートルの頭の寄せ木造りとはどのようなものなのでしょうか,また,銅板をどのように張るのでしょうか。それはどの様な表情をしていたのでしょうか。私には解けそうもない疑問です。

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by gakis-room | 2012-05-26 20:33 | つれづれに | Trackback | Comments(4)
2012年 05月 25日
奈良はきょうから夏日に入ります
きょうの最高気温は平年よりも4.9度低い20.2度でした。しかし,平年ではきょうから奈良は「夏日」に入ります。「夏日」は9月29日までの128日間です。また,そのうちの7月10日から9月8日までは「真夏日」です。「真夏日」は61日間です。

電力不足と原発再稼働との関連で,一昨の夏の暑さが話題になりますが,奈良の夏の暑さはなんといっても「超えよ,94年」の1994年です。以下は2010年と1994年との比較です。

        夏日  真夏日  7月の最高気温の平均   8月の最高気温の平均
  2010年  136日  83日   31.5(観測史上16位)  34.7度(観測史上3位)  
  1994年  153日  85日   34.0(観測史上1位)  35.4(観測史上1位)
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by gakis-room | 2012-05-25 17:45 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 24日
「鼻を削げ」,420年前のきょう文録・慶長の役が始まりました
d0006690_1713419.jpg1592年5月24日(天正20年4月13日),この日,小西行長の率いる1番隊18,700人は釜山に上陸しました。文録の役の始まりです。秀吉軍の総勢は1番隊から9番隊まで158,700人(全員が武士とはおもわれません,兵農分離前の農民も多数いたと思われます)です。

当時の朝鮮王朝の正規軍は2万人程度とされています。秀吉軍は量と質(秀吉軍の武士は戦国時代の実戦を通して鍛え抜かれており,また,大量の銃を保有)において圧倒し,連戦連勝で北上しました。6月11日には都の漢城(現ソウル)を落とし,7月24日には平壌を占領します。さらに一部は最北の咸鏡道にまで進出しますが,主力は平壌に留まります。

理由は補給が途絶えたからです。陸上の補給路は義兵(ゲリラ)によって寸断され,海上は朝鮮水軍に制海権を握られたままでした。補給が途絶え,人的にも消耗率の激しかった秀吉軍(小西行長軍65%,加藤清正軍45%など)は翌年,2月には平壌を撤退し,さらに,5月には漢城を放棄し,釜山に集結します。その後の和睦交渉に入りますが,交渉は決裂し,秀吉は1597年3月,14万人の再出兵を命じます。慶長の役です。

この時,秀吉軍は秀吉の「皆殺令」,「鼻斬令」によって,朝鮮の将兵はもちろん、無辜の老若男女や赤子に至るまで生死を問わず鼻を斬り取りました。それを塩漬けにして桶や樽に詰め,軍目付のもとへ差し出し,戦勝と武功の証として「鼻受取状」を貰らうためです。切り取られた鼻は日本に送られました。その数2万といいます。

秀吉は、慶長2年(1597),この鼻を墳墓を築いて埋葬し,京都五山の僧400名を召集して「鼻塚」の施餓鬼供養を行わせました。この塚を最初は「鼻塚」と呼ばれていましたが。いつの日からか「耳塚」と呼ばれるようになりました。これが京都の耳(鼻)塚です。

※京都の耳塚,クリックすると拡大します。
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by gakis-room | 2012-05-24 18:45 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(6)
2012年 05月 23日
昔から名前を知っていました,ムシトリナデシコ
d0006690_1743180.jpgムシトリナデシコ ナデシコ科 マンテマ属

近所の街路樹の根元です。ムシトリナデシコは私が昔からその名前を知っていた数少ない花のひとつです。南欧原産で,江戸時代の末期に鑑賞用に移入されてものが各地で野生化したようです。

「虫取り撫子」の名前の由来は茎上部の葉の下に粘液を分泌する部分が帯状にあり,ここに虫が付着して捕らえられることからです。しかし,この花は食虫植物ではありません。

粘液は下から這い上がってくる虫(たとえば蟻)などからのガードと考えられるそうです。

d0006690_1721952.jpg花径は1センチ位で,シバザクラに似ています。また,白色もあるようです。

5枚の花弁のつけ根には2つずつ鱗片があり,それが副花冠のように見えます。萼筒は先に向かって太くなり,幾本の縦筋が見えます。

雄しべは10本ほどだそうですが,葯はすぐにおちてしまうのでしょうか,ないものが多くありました。

花言葉は「裏切り」,「わな」,「しつこさ」などのようですが,なんとも気の毒な感じがします。

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by gakis-room | 2012-05-23 17:40 | 花の手帳 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 22日
月毎の寒暖差
d0006690_1816135.jpgきょうも寒暖差の小さな日です。午後6時20分現在の最低気温と最高気温です。
 
  最低気温  16.8度
  最高気温  21.1度
  寒暖差   4.3度

最低気温は午前5時52分の記録です。午後6時20分現在の気温は17.1度ですから,寒暖差は4.3度よりももう少し大きくなるでしょうが,それにしても寒暖差の小さな日です。

それで,月毎の寒暖差(平均最高気温と平均最低気温の差)を調べてみました(ヒマですねえ)。

3月,4月,5月は寒暖差が大きく,1月,7月は寒暖差は小さくなっています。こうしたことに何らかの理由があるのか,また,このグラフに何かしらの法則性があるのか,は私には不明です。

奈良地方気象台の週間予報によれば,明日からの1週間は「夏日」が続きます。その分だけ寒暖差は平年よりもやや大きくなります。寒暖差が大きくてもスキッとしさえすればいいのですが。
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by gakis-room | 2012-05-22 18:40 | つれづれに | Trackback | Comments(2)