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2009年 03月 30日
スズランスイセンの花の中
d0006690_19381892.jpg「近くの公園」にも咲いていました。スズランスイセンを初めて見たのは昨年の4月12日,「例の田舎道」でのことです。

スズランとはよく似ていますが,違いは花の大きさがスズランよりも大きく2cmくらいです。また,スズランと違って1つの茎に2〜3個の花しか付けません。

そして,科も違いますが,何よりも大きな違いは花に緑色の斑点があることです。
 スズランスイセン ヒガンバナ科 スノーフレーク属
 スズラン     ユリ科    スズラン属


d0006690_1937433.jpg下向きにつている花の中を覗いてみました。先が緑色の雌しべの回りに6つの黄色の雄しべがあります。

外から見た緑色の斑点は内側にもあります。ですから,斑点ではなく,スズランスイセンの花弁は「白と緑」の2色と言うべきでしょうか。

花の中を覗きながら,最近はこんなことばかりしている自分を可笑しいと思ってしまします。

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by gakis-room | 2009-03-30 05:55 | 花の手帳 | Trackback | Comments(7)
2009年 03月 29日
アメリカフウロの葉が面白い
d0006690_20261429.jpgアメリカフウロを初めて見たのは昨年の4月23日でした。「近くの公園」です。昨年も写真に撮りながら,そのときは葉の形は印象に残っていませんでした。

アメリカフウロの葉は独特の形をしています。大きくは5つに深裂していいて,さらにそれぞれは分かれています。

ですから,花が咲いていなくてもすぐに分かります。この葉は「近くの公園」の何カ所がで見ることができますが,昨年に花を見た場所とは違います。花を付けているのはここだけでした。

d0006690_20275225.jpg花の大きさは1センチくらいです。昨年は「カタバミににている」と書きましたが,よく見ると1片の花びらはいかにも花びらの典型です。

花の色は「淡紅色からほとんど白色までの変異があるが,淡紅色のものが多い」とのことですが,「近くの公園」のものは,淡紅色です。

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by gakis-room | 2009-03-29 06:00 | 花の手帳 | Trackback | Comments(6)
2009年 03月 28日
ユスラウメです
d0006690_190197.jpgユスラウメ バラ科 サクラ属

ユスラウメと教えていただきました。「近くの公園」です。ユスラウメの名前は聞いたことがありますが,見るのは初めてです。

「近くの公園」の桜はチラホラですが,こちらは満開間近です。2〜3メートルくらいになる落葉低木とありましたが,「近くの公園」のものは1.5メートルくらいでした。

漢字では「桜桃」,「山桜桃」,「梅桃」と書きます。「桜桃」が多いようですが,しかし,一般に「桜桃」と言えばサクランボですが,こちらはサクランボではありません。なぜかユスラ「ウメ」です。

d0006690_1901514.jpg大きさは2センチくらいです。淡いピンクでサクラに似ていますが,サクラより二回り小さいでしょうか。花びらはちょっと気取った感じがしないでもありませんが,しかし,少しの嫌みもありません。むしろ上品な感じさえします。

サクランボと同じように初夏には1センチくらいの赤い実がなり,食べられるそうです。甘酸っぱいようです。

ユスラウメ酒というのもあるようです。どんな味わいなのでしょうか。飲んでみたくなりました。

ところで,漢字の「桜桃」がなぜ「ユスラウメ」なのでしょうか。調べてみましたが分からないままです。

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by gakis-room | 2009-03-28 07:08 | 花の手帳 | Trackback | Comments(4)
2009年 03月 27日
ヤエムグラの花と葉
d0006690_18592312.jpgヤエムグラです。ヤエムグラを知ったのは昨年の5月6日です。葉の特徴から簡単に見つけることができるようになりました。

昨年,「花は4弁で1枚は1ミリくらいの小さなもの」と書きましたが,きょう,その花をしげしげと見てみました。

d0006690_18593471.jpgそのときに気づいたのですが,葉の先端がトゲのようになっています。さわってみても痛さは感じません。花の近くの葉だけでなくどれにもついています。

昨年の記事を見てみましたが,確かにトゲはあります。昨年は気づかなかったことです。

昨年のヤエムグラと言えば,それぞれに絡み合っていましたが,昨年より1ヶ月ほど早いせいでしょうか,きよう見たものは背丈は20センチくらいでそれぞれはまだ自立していました。

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by gakis-room | 2009-03-27 07:38 | 花の手帳 | Trackback | Comments(11)
2009年 03月 26日
タチイヌノフグリを見ました
d0006690_1954551.jpgオオイヌノフグリがあちこちで咲き誇っていますが,タチイヌノフグリもありました。「近くの公園」で見つけました。

タチイヌノフグリの名前は知っていましたが,見るのは初めてです。

花の色,形はオオイヌノフグリと同じですが,小さな花です。5ミリもありません(写真は完全には開ききっていません)。オオイヌノフグリの花は茎から飛び出していますが,これは葉に隠れるようにしてくっついています。

d0006690_1955532.jpg茎は下部で分岐するが、上部は立ち上がって枝分かれしないので「タチイヌノフグリ」の名前がついとのことですが,私のみたものはそれほど立ち上がってはいませんでした。

面白いのは葉です。上部と下部では異なっています。下部の葉はオオイヌノフグリに似て,切れ込みのある丸みをおびていますが,上部の葉は切れ込みもなく尖っています。また,葉柄もほとんどありません。

「近くの公園」での野草を2年近く見てきましたから,新しいものを見つけることが少なくなりました。それだけに嬉しいタチイヌノフグリです。

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by gakis-room | 2009-03-26 06:10 | 花の手帳 | Trackback | Comments(14)
2009年 03月 25日
モクレンの花の中
d0006690_1852518.jpg「近くの公園」ではレンギョウとともに(紫)モクレンも満開です。これまではもっと高いところに花を付けていたように思うのですが,今年はずいぶんと低いところにも花を付けています。

d0006690_18534026.jpgそれで,花の中を覗いてみました。初めてのことです。中心部の濃い赤紫の部分が雌しべで,その周辺をとりかこんでいるのが雄しべでしょうか。

モクレンの花弁は6枚ですが,ふとハナミズキを思い出しました。ハナミズキの4枚の花弁のように見えるものは総苞(そうほう,蕾時に花を保護する)で,花は中心にある緑色の花序です。

モクレンももしやとも思いましたが,どうやらモクレンは6弁の花のようです。

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by gakis-room | 2009-03-25 06:11 | 花の手帳 | Trackback | Comments(8)
2009年 03月 24日
ヤナギの花とユキヤナギの花
d0006690_1726327.jpg「近くの公園」の桜はチラホラの手前ですが,3月14日に書いたヤナギの花は満開です。

2センチくらいの大きさです。これが1つの花なのか,たくさんの花が集まった花序なのかは分かりません(花序かな)。

この公園の近くに住んで20余年,毎年ヤナギを見てきたのに,これまで私の目にとまったヤナギは青々とした枝が4月の風に揺れるものか,すべての葉を落として初冬の寒さを感じさせるものだけでした。

ヤナギに花が咲くことを知ったのも,こうしてしげしげとその花を見るのは今年が初めてです。

d0006690_17281058.jpg初めてと言えば,今を盛りのユキヤナギの花も近寄ってしげしげと眺めてみました。1センチにもみたない5弁のきれいな花です。

迂闊と言えば迂闊ですが,ユキヤナギの花心が黄色であること,そして,1つ花が咲く終わる頃になるとその花心が赤くなることも初めて知りました。

遠くからユキヤナギの名前の由来のようにその鮮やかな白を見るのとは違って,あらためて「花だなあ」と思ってしまいます。

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by gakis-room | 2009-03-24 08:12 | 花の手帳 | Trackback | Comments(6)
2009年 03月 23日
春ですねえ,池のカメも出てきました
d0006690_16475179.jpgこの1週間の最高気温の平均は20度を超え,4月中旬並です。なかでも18日の24.0度,19日の24.6度は5月下旬の陽気でした。

「近くの公園」の桜は,18日発表の奈良の開花予想よりも3日も早い21日には開花し,同じ日に池の亀も甲羅干しを始めました。

春です。昨日は午前に雨が降った後,夕刻からも降りました。申し訳程度の春雷もありました。それでも最高気温は22.0度でした。

きょうからしばらくは最高気温は平年を下回り,最低気温も連日0度ないしは−1度が予想されています。それだけ桜の満開へのゆっくりとした時間を楽しむことができるということでしょうか。

今朝も「近くの公園」を一回りしてきましたが,まだ開花していない桜の木もあり,桜はチラホラの手前になっていました。レンギョウはすでに満開です。
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by gakis-room | 2009-03-23 08:01 | つれづれに | Trackback | Comments(5)
2009年 03月 22日
−道徳的債務者との別れ− 9−9 ,韓国を語る前に①
9.手紙・「水原城」のこと  

———ニム,
 お変わりなく,お元気のことと思います。ソウルでは大変お殴話になりました。心からお礼申し上げます。日本に帰ってから,日が浅いせいでしょうか,一つひとつのことが,順序もなく,しかし,鮮明に思い出されます。これも,旅の余韻というのでしょうね。中でも,日本に帰る前日に行った水原城のことが思い出されます。

 水原では,念願であった水原城の城壁をゆっくりと歩くことができました。1時間位歩いたでしょうか。1時問といっても,それでも城壁の四分の一程です。域壁を歩きながら,これを建設した第22代朝鮮国王正祖のことやら,築城にあたって拳重機を考案した丁若鏞のことについてあれこれと考えました。私が,正祖に興味を抱くようになったのは,映画「永遠なる王国」を見てからのことでした。映画の中では,正祖は保守的な官僚,といっても官僚たちは言うまでもなく科挙に合格した一流の儒学者たちですから,彼らの大義名分の論理に抗しながら,王朝の近代化を図ろうとする姿が印象的でした。

 私が水原に行く前日,日本の植民地時代のことについてあなたといくつかの話をしました。その折,あなたは「戦に負けたのならともかくも,戦わずしてむざむざと日本の植民地になった我が国のだらしなさ」を怒っていました。その時,私はうまく言えませんでしたが,映画の記憶もあって「正祖の近代化路線が、彼の死によって挫折しなければ違ったのではないでしょうか」と言ったら,「その後の3代続いた勢道政治だけじゃあないんだ」とあなたはいたく不機嫌でした。それから,しばらくあなたは何も言わず、黙って前を見つめていました。

 日本に帰って,あなたやら水原を思い出すたびに,あの時のあなたの姿を思い出してしまいます。あなたはあの時、沈黙の中で何を考えていたのでしょうか。

 水原城へは,あなたから教えられたようにソウル駅で地下鉄から国鉄に乗り換えて,簡単に行くことができました。そのうえ,水原は終点ですから車内での緊張もほとんどありませんでした。車内の物売りに初めて出会ったことも印象的でした。物売りは,財布を売っていましたが,三人ほどが買っていました。

 緊張といえば,水原駅前でタクシーに乗り,「水原城へお願いします」といって,タクシーの運転手に突然笑われた時のことでした。運転手の身振り手振りからすると,「ここの全部が水原城だよ,そのどこへ行けというのかね」という感じに見えました。迂闊と言えば迂闊でした。

 日本と違って,韓国では山城を除けば、城とは都市全体が城である都城であることをすっかり忘れていました。「長安門へお願いします。と言ったら黙って大きくうなずいて,早口で何か私に語りかけてくれたのですが,あなたもご存じのように、私のしゃべれる唯一のことば,つまり,「日本人です、韓国語はできません」というしかありませんでした。

 水原城は「華城」というそうです。日本のガイドブック「地球の歩き方」には「父荘献世子の死に心を痛め,その陵を揚州から水原郊外の華山に移し,隆陵とした。水原華城は陵墓を守り,自ら参拝するために築城された」と書かれていますが,参拝のための城にしては,余りに大きすぎます。

 南門(八達門)は雄大で,ソウルの南大門より大きく見えました。東門(蒼竜門)近くの案内所でいただいたパンフレット(日本語)によれば,「火器に対する攻撃と防御に対処することができる施設を備える」とあるように,東西南北の四門はすべて前面には半月型の甕城をもち,いくつかの砲楼や五個の火頭をもった狼煙の設備があることを考えれば,これは宿泊のための行宮ではなく,立派は都城です。

 私の勝手な推測ですが,正祖は水原への遷都を考えたように思われてなりません。朴趾源・丁若鏞や朴斉家など北学あるいは実学派を積極的に登用しただけでなく,朝鮮王朝の開国以来その能力にもかかわらず,その出自故に出世の道を閉ざされ,差別されてきた庶子をも登用した正祖のことです。彼は王宮をしばしば出て人々の声に耳を傾けました。また,彼は部分的とはいえ,奴碑の解放も行っています。

 正祖にとって水原城建設は党争の中で,王の次男として生まれ,皇太子に処せられながら餓死させられた父のへの無念の思いだけではないようです。ヨーロッパの築城技術と朝鮮建築美を融合させた水原城の築城は,ソウルから遠く離れた水原に王城を移転することによって,あくなき党争を拒絶し,朝鮮王朝の近代化の拠点を建設することだったのではないでしょうか。映画「永遠なる王国」の「永遠」とは自らの死によって果たし得なかった近代化された王朝のことであるようにおもわれます。

 水原城が完成したのは,1796年でした。そして,正祖の死去はそれから4年後の1800年,正祖48歳の死は余りにも若すぎたように思われます。22代正祖とかれの祖父21代英祖は,朝鮮王朝史の中では,中興の王とされていますが,先に述べたパンフレットでは正祖「大王」とされていたことが印象的でした。それにしても,この都城の防御の堅さは何に対しての防御だったのでしょうか。正祖の治世は,事大関係を結んでいた清国では隆盛を極めた乾隆帝の治世と重なっており,日本とは通信使の往来があった時です。この要塞都市は私にとって新しい疑問をもたらしました。

 ソウルに滞在中のお礼を申し上げるつもりでしたのに,長々と意味不明なことを綴ってしまいました。お許しください。重ねてあなたのご親切にお礼を申し上げます。できることなら,また、ソウルに参りたいと願っています。その時には,正祖についてあれこれと質問をいたしますから,今度は不機嫌になることなく、どうかお教えください。
 新年にはたくさんの福がありますように。                       
                                                   拝

【補注】
 「地球の歩き方 ‘06〜’07」では「水原華城は陵墓を守り,自ら参拝するために築城された」の記述は「父の眠る場所へ都を移したいと遷都計画がもちあがった…しかし遷都の直前に正祖が病死してしまい城郭だけを残して遷都計画は中止に。水原は幻の首都となった」となっている。(「韓国を語る前に①」了)
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by gakis-room | 2009-03-22 14:01 | 韓国を語る前に | Trackback | Comments(8)
2009年 03月 21日
「近くの公園」の桜が開花しました
d0006690_15463774.jpg「開花日とは対象とする植物の花が数輪(そめいよしのは5〜6輪)以上開いた状態となった最初の日」(奈良地方気象台)ですから,「近くの公園」の桜はきょうが開花日です。

奈良の場合,ソメイヨシノの開花は昨年が3月24日でしたから,それよりも3日早く,これまでの最早日の20日とは1日違いで記録とはなりませんでした。

この2,3日,暖かい日が続いています。18日の最高気温24.0は,奈良地方気象台観測史上3月としては9位,19日の24.6度は5位でした。きょうも午後3時現在の気温は19.6度です。

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by gakis-room | 2009-03-21 15:48 | 花の手帳 | Trackback | Comments(4)