<   2008年 10月 ( 28 )   > この月の画像一覧

2008年 10月 31日
金正浩(キム・ジョンホ)の災難
金正浩(キム・ジョンホ,?−1864?)は朝鮮王朝末期の地理学者です。全国を踏破して,1861年に完成させた『大東輿地図』(16万2000分の1)は,きわめて精巧な全国地図で,宝物850号の指定を受けています。

日本で言えば,伊能忠敬(1745−1818)と「大日本沿海輿地全図」(完成は1821年)との関係を思い浮かべることができます。

手元の「朝鮮人物事典」(大和書房)によれば,彼は,この地図を刊行するとともに,時の権力者興宣大院君(26代国王,高宗の父)に献上しますが,その精密さに驚いた大院君によって国家の機密を漏らしたとの嫌疑で投獄され獄死します。

まさしく,金正浩の災難です。このあたりも,「大日本沿海輿地全図」を国外に持ち出そうとしたをシーボルト事件とそれに関わって獄死した高橋景保(「大日本沿海輿地全図」の完成者)とを思わせます。

ところで,韓国の紙幣は現在,千ウォン,5千ウォン,1万ウォンの3種類です。1万ウォンは日本円にして1000円前後ですから,韓国で5万円を両替すると1万ウォン札が50枚前後になります。韓国経済の実情に照らして,韓国銀行は来年度上半期に10万ウォン札と5万ウォン札の2種の高額紙幣を発行します。

この新しい高額紙幣の人物像は10万ウォンが独立運動家の金九(キムグ),5万ウォンが現在の5千ウォン札の李栗谷(リユルゴク,朝鮮王朝時代の儒学者)の母で,画家であり,良妻賢母の典型とされる申師任堂(シン・サイムダン)です。

d0006690_1704892.jpg韓国の紙幣は日本とは違って,紙幣の人物に縁の文物が補助図案として描かれています。たとえば,1万ウォン札は朝鮮王朝第4代国王,世宗(セジョン)ですが,補助図案は,表が彼が制定したハングルの最初の作品の一部と,王の象徴である「日月五峰図」(画像をクリックすると大きくなります),裏は同時代に世宗に登用された天文学者,蒋英実(チャン・ ヨンシル)の考案した天文観測機です。

新10万ウォン札の図案は,独立運動家,金九にふさわしく,朝鮮半島全図である金正浩の「大東輿地図」が選定されました。しかし,大東輿地図の木版本には岩礁まがいの独島(日本名竹島)が描かれておりません。

ことのほか独島(竹島)問題に敏感な韓国です。これが問題になりました。図案素材として適切でないとの議論が起き,木版本をベースに筆写本の内容を考慮し独島を描き入れる方針さえ示されました。しかし,これに対しても木版本にない独島を描くのはやはり問題があるとの指摘もなされました。

韓国銀行は「大東輿地図」を変更を検討しているようです。今後検討を経て図案変更が確定した場合は,貨幣図案諮問委員会を構成し再び図案選定手続きを踏む予定とのことです。この場合は,当初発行予定の来年度上半期からかなり遅れるようです。

金正浩の2度目の災難でしょうか。金正浩作成の「大東輿地図」に独島(竹島)がないからといって,私にはかの島を韓国領とする韓国の主張が揺るぐことになるとは思われませんが,そこは国の違いかも知れません。
 799−805
これは,独島の固有の郵便番号です。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-31 09:35 | 韓国あれこれ | Comments(4)
2008年 10月 30日
いよいよ紅葉の進行です
d0006690_7454351.jpg紅葉や黄葉が進行する条件は,一日の最低気温が10度以下の日が続くと色付き始め,さらに5度以下になると一気に進むそうです。

12日には9.9度でしたが,これは例外です。奈良の平年の場合は,24日から最低気温は10度以下になり,きよう30日からは9度以下になります。

奈良の最低気温です。
  28日 8.9
  29日 9.8
  30日 9.7

すでにあちこちで紅(黄)葉は始まっていますが,いよいよ,紅(黄)葉の進行です。

京都の叡山電鉄の鞍馬線の市原と二ノ瀬駅の間に「もみじのトンネル」があるそうです。夜間は車内の明かりが消され,ライトアップされた紅葉が見られるとのことです。

11月13日からです。見て見たいと思いますが,どうなりますか。

 「冷ややかに水をたたえてかくあれば 人は知らじな火を噴きし山のあととも」(生田長江)
 こんな景色のところに浮かぶ紅葉は,いつも変わらぬ私の空想の世界です。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-30 07:47 | つれづれに | Comments(6)
2008年 10月 28日
今年の秋は短そうな気がします
d0006690_17463664.jpg立冬は11月7日ですから,あと10日です。きょうは旧暦9月30日,月だけで単純に区切れば「秋はきょうまで」ということになります。

そして,明日からは,奈良の平年の最高気温は20度を超えることはありません。きょうの最高気温は19.3度でした。

一昨日の最高気温は16.3度で,平年を3.8度も下回りました。もちろんこの秋1番の低さです。

今朝の最低気温は8.9度で,この秋1番の冷え込みでした。これからは「この秋(この冬)1番の冷え込み」をしばしば聞くことになりそうです。

今年の秋はなんとなく短そうな気がします。急ぎ足の季節に心も体も置き去りにされそうです。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-28 17:53 | つれづれに | Comments(16)
2008年 10月 27日
きょうは何の日,「文字・活字文化の日」です
通常の新聞の読書欄は日曜日の掲載ですが,きょうの朝刊に5ページにわたって「読書特集」(朝日新聞)が組まれていました。私は忘れていましたが,きょうから読書週刊です。そして,読書週間の初日は,「文字・活字文化の日」なのだそうです。知りませんでした。

「文字・活字文化の日」はよくある「○○の日」とは違って,法に定められた立派な「記念日」です。「文字・活字文化振興法」(平成17年7月29日法律第91号)の11条です。

第十一条  国民の間に広く文字・活字文化についての関心と理解を深めるようにするため、文字・活字文化の日を設ける。
2  文字・活字文化の日は、十月二十七日とする。
3  国及び地方公共団体は、文字・活字文化の日には、その趣旨にふさわしい行事が実施されるよう努めるものとする。


超党派286名からなる「活字文化議員連盟」による議員立法のようです。法の第1条では法の目的を次のように言っています。

第一条  この法律は、文字・活字文化が、人類が長い歴史の中で蓄積してきた知識及び知恵の継承及び向上、豊かな人間性の涵養並びに健全な民主主義の発達に欠くことのできないものであることにかんがみ、文字・活字文化の振興に関する基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、文字・活字文化の振興に関する必要な事項を定めることにより、我が国における文字・活字文化の振興に関する施策の総合的な推進を図り、もって知的で心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。

この法によるのでしょうか,「財団法人 文字・活字文化推進機構」なるものもあるようです。その「事業内容」では「文字・文字文化の日(10月27日)に記念事業を企画する」とありましたが,しかし,「平成20年度の活動計画・活動報告」には何の計画もありませんでした。

文部科学省のホームページも見てみました。「行事・開催案内」では,8月7日以後の多くの「行事・開催」の一覧がありますが,10月27日ないしは「文字・活字文化の日」関連のものは何もありませんでした。

法が目的とする文字・活字文化が、人類が長い歴史の中で蓄積してきた知識及び知恵の継承及び向上、豊かな人間性の涵養並びに健全な民主主義の発達はどうも期待できないようです。というよりも,このようなバカげた法をよってたかって立法する議員諸氏の豊かな人間性の涵養こそが必要なのかもしれないと思ってしまいます。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-27 17:21 | つれづれに | Comments(4)
2008年 10月 26日
二人の死とその評価,1909年と1979年の10月26日
1909年に死亡したのは伊藤博文です。この日,ハルピン駅で韓国の民族運動家,安重根(アン・ジュングン)に暗殺されました。日本から見れば安重根は国家の重鎮を暗殺したテロリストですが,韓国(朝鮮王朝は1897年に国号を大韓帝国と改称)からみれば愛国の義士です。

なぜなら,1905年の第2次日韓協約で,韓国は外交権を日本に奪われ,事実上日本の保護国とされました。そして,韓国の外交を管理するために「統監」が置かれ,その初代統監が伊藤博文でした。伊藤博文は統監として,1907年,26代皇帝,高宗を退位させると共に,韓国の内政全般を管轄する第3次日韓協約を結ばせています。

伊藤博文自身は韓国併合には消極的であったとされており,安重根による伊藤暗殺が日韓併合を早めたとされる見解もあるようですが,韓国から見れば,国権奪取の張本人ということになるのでしょうか。伊藤博文「国家の重鎮←→国権の簒奪者」,安重根「テロリスト←→愛国の義士」,立場ないしは史観によってその評価は逆転します。

安重根は伊藤暗殺の6ヶ月後の1910年3月26日に処刑されました。なお,ソウルの南山(ナムサン)には1970年10月26日に開館した「安重根義士記念館」がありますが,小さなものであるため,「ハルピン義挙」100周年にあたる2009年には新館がの建設が予定されています。

また,北朝鮮では安重根への評価はきわめて低いようです。これは金日成に関係しない愛国義士,独立運動家への評価はしないという独特の史観からのようです。

70年後の1979年,同じ日に死亡したのは朴正熙です。この日,部下の中央情報部長に射殺されました。周知のように,彼は1961年の軍事クーデターで権力を掌握し,その後,1963年に大統領就任。1969年には大統領の3選を可とする憲法改正を強行し,3選後の1972年には,大統領を間接選挙制にし長期独裁を可能にしました。

しかし,彼の治世下での韓国の経済発展はめざましく,1979年の一人あたりのGNPは,1961年に比べて20倍に達しています。「民主主義を阻害し,国民生活を飛躍させた」いわる「開発独裁」者への評価もまた,立場ないしは史観によって異なることになりそうです。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-26 12:13 | 韓国あれこれ | Comments(6)
2008年 10月 24日
葉の形が個性的です,アメリカアサガオ
d0006690_17532376.jpgアメリカアサガオ
ヒルガオ科 サツマイモ属

「例の田舎道」です。花の大きさは3〜5センチくらいですから,9月初めに「近くの公園」で見たマメアサガオと普通のアサガオの中間くらいでしょうか。支柱もありませんから,道路脇にかなり広い範囲で広がっていました。

d0006690_17533452.jpg葉のくびれに特徴があり,大きく切れ込んでいます。なお,変種としてこのくびれのないものもあり,そちらは「マルバアメリカアサガオ」というそうです。

名前の通りアメリカ原産で,戦後輸入穀物に混じって渡来し,その後野生化したとのことです。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-24 18:11 | 花の手帳 | Comments(4)
2008年 10月 23日
おや,まあ,マツバウンランとホトケノザが咲いています
d0006690_15394023.jpg「近くの公園」に沿う道の街路樹の根元でマツバウンランとホトケノザを 見ました。今朝のことです。どちらも春の草花です。

マツバウンランはこの春,「近くの公園」で初めて見ました。4月30日のことです。

そのときの印象を「細い茎がすうっと伸びて」と書きました。そのときの背丈は30センチほどでしたが,今朝のものは15センチくらいでした。

d0006690_15395139.jpgホトケノザを初めて見たのは昨年の11月5日でした。そして,今年の春,「近くの公園」でわんさか咲いていました。それを「ホトケノザのショック」として書きました。

どちらも「返り咲き」なのでしょうが,私にはちょっとした「おや,まあ」というか,19日につぐ小さな異変です。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-23 15:47 | 花の手帳 | Comments(2)
2008年 10月 21日
花弁のない花,アオゲイトウ
d0006690_19181269.jpgアオゲイトウ(青鶏頭)
ヒユ科 ヒユ属

これもこの時期の,いわゆる典型的な「雑草」です。穂には雄花と雌花が混在しますが,花びらはなく、ガクは5枚に分かれるのだそうです。

それで,「雄花と雌花の混在」とか,「花びらはなく」とか,「5枚のガク」とかを確かめようと思っているうちに「近くの公園」のものはきれいに刈り取られて,みんないなくなりました。

写真は2週間前の「例の田舎道」のものです。「例の田舎道」には来週まで行きませんが,その時は「接写してやるからな」と呟いています。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-21 19:25 | 花の手帳 | Comments(2)
2008年 10月 20日
秋の決めては紅玉ですね
d0006690_18514521.jpgきょう,紅玉をいただきました。果物をあまり食べない私ですが,その季節に買い求める例外がいくつかあります。20世紀梨,そして生柿は好きではない私ですが,干し柿は時折買い求めます。紅玉もその一つです。

20世紀梨はその甘いみずみずしさが好きです。紅玉はなんと言ってもその色つやと酸っぱさです。子供の頃,リンゴと言えば紅玉と国光だけでした。そのノスタルジアといえばノスタルジアですが,この酸っぱさは私に秋を実感さます。

一昨年の10月26日にも書きましたが,紅玉は私の場合には食後のデザートではありません。食間のまあ「おやつ」です。

私は酸っぱいものが好きです。それで「男なのになぜ」とよく聞かれますが,私には不思議なことです。一般に男は酸っぱいものを好まないのでしょうか。私には不明です。

毎朝飲むジュースはグレープフルーツです。コチュジャン(韓国の唐辛子味噌)に酢を加えたチョジャンは常用です。

果物と言えば,今年の夏は珍しくスイカをよく食べました。「8分の1カット」と,独り暮らしの私にはひどく便利な大きさのものが売られていたからです。しかし,子供の時のように「タネ飛ばし」はしませんでした。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-20 19:05 | つれづれに | Comments(6)
2008年 10月 19日
小さな異変,2つ
d0006690_18372865.jpgきょうの奈良の最高気温は25.7度でした。これは9月下旬並とのことでした。奈良だけでなく,全国的に汗ばむないしは暖かい(いつの間にか「暑い」から変わりました)日のようで,各地は9月上〜下旬のところが多かったようです。

やらなければならないことはいくつかありますが,この気温でしたから,例によって「間に合えばよい」主義で何もせず,南の窓は開け放ち,時々は「気分転換」とか称して北の窓もあけては風に当たったりしていました。買い物にも行かず,「近くの公園」の散歩もぜず,日暮らし引き籠もりでした。

これもきょうの気温だけでなく,ちょっとした異変のせいも知れません。私の異変です。
  昨晩の就寝  9時過ぎ 床の中でしばらく本を読んでいました
  今朝の起床  2時半過ぎ この頃には配達される朝刊2紙を読みました

ここまでは私にとってはよくあることです。2度寝入りに入ったのは4時過ぎだったでしょうか。再び目覚めた時は9時半を過ぎでいました。10時間近く眠ったことになります。これだけ眠るのは私にとっては確実に異変です。

異変ついでに,「10月の奈良の最高気温」を調べてみました。
10月の最高気温の1位は1994年10月12日の32.0度でした。この7月,「超えよ,94年」とわめいていたあの灼熱の1994年です。納得しました。

10月の後半で25度の夏日になったのはこの10年で過去に3回ありました。
  2006年10月22日 25.7度
  2000年10月24日 25.3
  2001年10月28日 25.2

きょうの最高気温25.7度は,10月の後半としてはこの10年間で,1位タイということでした。きょうの気温も異変でした。
[PR]

by gakis-room | 2008-10-19 18:38 | つれづれに | Comments(8)