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2008年 02月 29日
2月29日,閏年のこと
きょうは4年に1度の2月29日です。閏年については,ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が紀元前46年に制定したユリウス暦によること,そして,太陽年とユリウス暦との誤差をなくすために,1582年グレゴリウス暦で修正されたことを知っていました。

その誤差とは,ユリウス暦は1年を365.25日としていました。しかし,実際の太陽年の1年は365.24219879年(365.2422日)ですから,4年に1日,2月29日を加えても,0.0078日(約11分:128年で1日の誤差)ずれてきます。

  4太陽年   1460.9688日
  暦の日数   1461日
  4年での差  1−0.9688日=0.0312日(約44.928分)
         →128,21年で1日の誤差

この誤差がつもりに積もって,1582年当時,太陽年と暦との間に10日のズレがありました。それでローマ教皇グレゴリウス13世は乱暴にも「10月4日の翌日を10月15日」とし,以下のように閏年を改訂しました(グレゴリウス暦)。

(1)西暦年が4で割り切れる年は閏年とする。
(2)西暦年が4で割り切れる年のうち,100で割り切れる年は閏年としない。
(3)西暦年が4で割り切れ,100でも割り切れる年のうち,400で割り切れる年は閏年とする。

これで太陽年と暦との誤差は
  「400年で約26秒,3333年で1日」
となりました。私が知りたかったことは,なぜローマ教皇による改訂なのかでした。最近,ようやく知りました。

それはキリスト教の「復活祭(イースター)」との関係でした。キリスト教の伝説によれば,イエスは十字架上で死んでから3日目に「復活」しました。そして。その日を,「春分の日を3月21日」としたうえで,「春分後の最初の満月から数えて最初の日曜日」と紀元325年に開かれたニカイア宗教会議で定められました。

つまりは,太陽年と暦の春分の日とを一致させることでした。かくて,「3333年に1日という誤差」付きながら,神の真理が地上で実現したというわけです。
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by gakis-room | 2008-02-29 07:36 | つれづれに | Trackback | Comments(4)
2008年 02月 27日
「余寒」お見舞い申し上げます
d0006690_13412784.jpg「余寒お見舞い申し上げます」
中国に語学留学している古い友人からの最近届いたはがきの時候の挨拶文です。

「余寒」とは初めて聞く言葉です。中国流の言い方かなと思いました。辞書をみてみたらちゃんと載っています。パソコンでも「よかん」で変換できました。

  余寒=立春後まで残る寒さ
私が知らなかっただけです。それで使ってみたくなりました。
 「余寒は残り過ぎじゃ!!」

きょうも昼前後には雪もちらついていました。きょうの午後1時現在の気温は3.6度,例の「体感温度計算」をしてみたら,−5.5度でした。

とはいえ,「近くの公園」の紅梅も見頃です。鳥の鳴き声もよく響きます。
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by gakis-room | 2008-02-27 13:43 | つれづれに | Trackback(2) | Comments(4)
2008年 02月 26日
武装した知恵の一人歩き
d0006690_11432838.jpg衝突事故をおこしたイージス艦のイージスが「アイギス」の英語読みとは知りませんでした。「アイギス」とはギリシア神話の女神「アテナ(ローマ神話ではミネルバ)」の持っていたとされる無敵の防具のことです。

アテナはこれを父親である主神ゼウスから授かりました。この防具の形は楯とも胸当てとも言われています。後にアテナは英雄ペルセウスから,目を合わせた者を化石にしてしまうというメドゥーサの首を捧げられ,その首を「アイギス」にはめ込んだとされます。

目を合わせた者を化石してしまうというメドゥーサの魔力は首を切り落とされた後も残り続けていたと言いますから,アテナの持つ「アイギス」はますます無敵になりました。

無敵のイージス艦がちっぽけな漁船に立ち向かった,とは洒落にもなりませんが,この事故の原因は新聞によれば
  (1)「イージス艦の艦橋にいた10人の当直が弛んでいた」
あるいは
  (2)「『そこのけ,そこのけ,イージス艦が通る』との奢りがあった」
らしいようです。

それで思いました,今回の事故が,(1)でも(2)でもなく,「アイギス」の一人歩きでは断じてなかったといえるのであろうか,と。堕落したとは言わないまでも浅はかな知恵が,無敵の武装をして一人歩きする怖さを想像してしました。

  ※写真はメドゥーサの首がはめ込まれている胸当てしたアテナ
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by gakis-room | 2008-02-26 11:45 | つれづれに | Trackback | Comments(6)
2008年 02月 25日
30%をきった福田内閣支持率
21日に行われた(24日放送)「報道2001」(フジテレビ,関西テレビ系)の調査によると,「福田内閣を支持する」がついに30%を下回りました。逆に「支持しない」は初めて60%を越えました。
  福田内閣を支持する   27.8%
  福田内閣を支持しない  65.4%

これはは,「なんとか還元水」やら「絆創膏」で支持率が急落した安倍内閣の末期,参議院選挙直前よりも悪くなっています。
 【7月19日の安倍内閣支持率】(「報道2001」による)
   支持する   29.4%
   支持しない  60.8%

ちなみに,参議院選挙惨敗後の「続投宣言」後の安倍内閣支持率は以下の通りです。
 【8月2日の安倍内閣支持率】(「報道2001」による)
   支持する   23.6%
   支持しない  67.0%

政治を他人事のようにしか言わない(言えない?)首相,「テロ特措法の議決より大阪知事選が大事」とうそぶく民主党代表。政治の冷え込みは「寒冷化現象だあ〜」よりも私を苛立たせます。

なお,毎週木曜日に「報道2001」が行う調査は,「首都圏の成人男女500人を対象に電話調査」です。「首都圏」という限定が付きますが,「毎週実施」ということから,私は1つの傾向として見てきました。
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by gakis-room | 2008-02-25 10:47 | つれづれに | Trackback(1) | Comments(6)
2008年 02月 24日
2月23日・24日,08年の「例の会」
職場も違う何人かが集まって,当初は,年に1回の食事会をもってきましたが,10余年前からこの時期に1泊2日の小旅行となりました。小旅行になった頃から,この集まりは「例の会」と呼び合うようになりました。

その「例の会」で大阪の南端のみさき町に行って来ました。「例の会」のメインは食事会というよりも飲み会です。今回は「海王」なる船宿でフグチリを中心に延々と続きます。2つのテーブルを7人で囲むのですが,議論(?)の末,左は「スーパードライ」組,右は「キリンラガー」組と分かれました。議論もまた「例の会」の楽しみです。

しかし,ビールによる席割りは当初だけです。ヒレ酒とか焼酎とかを飲みだすまでのことてす。また,「例の会」では部屋割りはありません。酔った者から場を離れて部屋に行って寝るのが習わしです。そしていつも最初にダウンするのは私です。6時から始まって,9時半頃にはおいとましました。宴は11時頃まで続いたようです。

翌日,つまりはきょう,魚市場を覗いたり,高麗山さんから昨日教えられた堺市の「荒山(こうぜん,と読みます)公園」の梅,47種1300本を見たりして,帰ってきました。

【荒山公園の梅】 写真下左は「白加賀」,右は「緋梅」
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by gakis-room | 2008-02-24 18:00 | つれづれに | Trackback | Comments(6)
2008年 02月 23日
「日が長くなったなあ」を数字で確かめてみました
d0006690_75463.jpg日の入りがもっとも早かったのは11月29日〜12月12日の16時46分でした。そして,きょうの日の入りは17時46分ですから,ちょうど1時間ほど「日の暮れ」が遅くなったことになります。

【奈良の日の入りは1時間遅くなりました】
  12月12日 16時46分
  1月23日  17時46分


日の出については,1番遅かったのは1月15日の7時03分でした。そして,きょうの日の出が6時34分,明日24日が6時33分ですから,明日の朝の日の出は,最も遅い時と比べて,ちょうど30分早くなります。

【奈良の日の出は30分早くなりました】
  1月15日 7時03分
  2月24日 6時33分

【1時間22分,日が長くなりました】
日の出から日の入りまでの「昼時間」については,一番短い冬至の日に比べて1時間22分長くなりました。
  12月22日  9時間51分
  2月23日  11時間13分


意外なことに,昼夜が同じとなる「昼時間=12時間00分」は3月16日で,3月20日の春分の日の「昼時間」は12時間08分でした。

※時間はこよみのページの「日出没計算」によります。
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by gakis-room | 2008-02-23 07:05 | つれづれに | Trackback | Comments(6)
2008年 02月 22日
「オキザリス・桃の輝き」が開花しました
d0006690_6511828.jpg2月5日に書いたオキザリス・桃の輝きもようやく開花しました。

こうして花だけを見るとカタバミの一種であることが分かります。もう少し開けば,葉の形こそ違いますが,色も形もイモカタバミによく似ています。

写真の上方にも見えますが,巻いたツボミ状から7分咲きの頃が,やはり私には魅力的です。
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by gakis-room | 2008-02-22 06:55 | 花の手帳 | Trackback | Comments(2)
2008年 02月 21日
「寒冷化現象だあ〜」をグラフにしてみる
三寒四温というのでしょうか,火曜日から土曜日までのつかの間の暖かさです。テレビの気象情報では「春の兆し」をいい,この日曜日からを「寒の戻り」と言っています。

忘れぬうちに,「寒冷化現象だあ〜」をグラフにしてみようと思いました。2月1日にも1月の最高気温のグラフを書きましたが,「寒冷化現象だあ〜」は1月13日から続いています。なにせ,2月の最高気温の平均が,奈良の「寒さの下限」である8.0度より低い「絶対的に寒い日」ですから。

    最高気温の平均  絶対的に寒い日
今 年   7.4度      13日
昨 年  11.8度       2日
平 年   8.9度       0日

【2月の最高気温(20日まで)】
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by gakis-room | 2008-02-21 06:49 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2008年 02月 20日
異常の常態
d0006690_4414195.jpg昨日は二十四節気のひとつ,「雨水 (うすい)」でした。「陽気地上に発し,雪氷とけて雨水となればなり」とのことだそうです。

そのためでしょうか,最高気温も9.7度で,11日の12.3度についで2月としては2番目の暖かさでした。とはいえ,平年よりわずか0.3度ほど高かっただけです。

それでも暖かいと思いましたから,「慣れ」というものは何かにつけて怖いと思います。「暫定」(ガソリン税のこと)が30数年続き,「特例」(赤字国債のこと)もまた同じように「常態」化していることの「異常」に慣れてしまっているようです。

「今,私はどこにいるのか」と考えてみること,これは自身への自戒です。

週間予報では,2・3日は平年より暖かな日が続くようですから,「寒冷化現象だあ〜」も一休みといったところです。「寒冷化現象だあ〜」に対抗してきた私の「カラ元気」も一休みです。
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by gakis-room | 2008-02-20 04:56 | つれづれに | Trackback(1) | Comments(4)
2008年 02月 19日
崇礼門(南大門)焼失の衝撃は続いています
d0006690_10513212.jpg崇礼門(南大門)の焼失が韓国民に与えた衝撃の大きさは計り知れないようです。

18日の朝鮮日報(日本語電子版)は,「廃虚と化した崇礼門火災現場が文化財保護の重要性を教える聖地となりつつある」と報じています。

同紙によれば,16日,17日の土日にここを訪れた人は4万人にのぼるとしています。特に子供連れの家族の姿が目立ち,白菊も多く捧げられました。焼失後,現場は高さ15mの白いボードで覆い隠されて,焼け跡が見えないようにされていましたが,市民からの批判にうけ,一部が中が覗けるように透明なアクリル板に取り替えられました。

17日には,韓国総合芸術学校の金徳洙(キム・ドクス)教授がサムルノリ(打楽器による韓国伝統音楽)の一団を率いて,崇礼門の魂を鎮めるためのクッ(死者の霊に捧げるシャーマンの儀式)などを行いましたが,喪服に麻製の頭巾を被ったサムルノリ団が奏でる音色に市民らは涙を禁じ得なかったとのことです。

また,3年前の山火事で宝物の銅鐘とともに多くの建物を焼失した洛山寺は来月29日に消失した崇礼門(南大門)の「四十九日法要」を営むとしています。

洛山寺の総務担当僧侶は,「四十九日は基本的に衆生(民衆,人間)のための法要だが,崇礼門に対する追悼の念が全国的に広がっていることを考慮した」と述べています。法要では,消失前の崇礼門の写真を遺影として,参加対象者を特に限定しておらず,出席したいという人はすべて受け入れる方針とのことです。

サムルノリによる鎮魂,洛山寺の法要は日本では考えられないことですが,それだけ衝撃が大きいということでしょうか。(写真は14日の朝鮮日報による)
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by gakis-room | 2008-02-19 10:53 | 韓国あれこれ | Trackback(1) | Comments(2)