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2007年 12月 31日
よい年をお迎えください
d0006690_121308.jpg2007年もきょうで終わります。春に,突然に野の花の名前を知りたい思い,野草ばかりを追いかけてきたように思います。この歳になっても,なお心惹かれるものがあったことに,少し驚いています。とまれ,
  
  意図した通りにできたこと
  意図しながらもできなかったこと
  意図しなかったのにできてしまったこと
  意図しなかったのでできなかったこと

今年も多くの私的な出来事がありました。しかし,社会的関係が希薄になって3年目の私ですから,その関係性に弄ばれることはほとんどありませんでした。それが幸せなのか不幸せなのかは問わないことにします。社会的関係が希薄になったことは,私にとって自然の流れなのですから。

今年も,拙いブログにもかかわらず,身の丈を遙かに超える方々のたくさんの訪問をいただきました。そして,ご丁寧な,また教示に富んだコメントもたくさんいただきました。皆さんに心からのお礼を申し上げます。そして,どうか

よいお年をお迎えください。


【記録】
07年の更新数  334
内訳 つれづれに   205
   花の手帳    103
   韓国あれこれ   21
   簡単料理     5
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by gakis-room | 2007-12-31 12:03 | つれづれに | Comments(4)
2007年 12月 30日
30日は私の家の餅つきの日でした
d0006690_15451382.jpg私の虎が煙草を吸っていた頃,私が小学校5年までは,12月30日が私の家では餅つきの日でした。なぜ30日なのか。28日は地方公務員であった父のご用納め,「29日は苦餅」と母が嫌っていたの覚えていますから,30日です。

子供たちの仕事は前日の薪割りでした。「火持ちがよくないから太めに」というのが母の命でした。割った薪を適当に束にして,いよいよ,30日は朝から餅つきです。

石臼は近所からお借りしていましたが,杵だけは何故か自前でした。何臼ついたのかは覚えていませんが,大小の鏡餅用に1臼,伸し餅用に3臼,大豆と黒豆を入れたもの(これはおかき用)2臼,少なくとも6臼は父が一人でつきあげていました。

私と言えば,餅つきのまねごとくらいはさせてもらったかも知れませんが,何の役にも立ちません。せいぜい竈番くらいではなかったでしょうか。

後に餅つきの機会がありましたが,1人で6臼もつけたものではありませんでした。大して逞しいくは見えなかった父のどこに6臼の体力があつたのか,今でも不思議です。

母の体力はその上をいっていました。午後からと翌日もお節料理に休む間もなしでした。内外の掃除も終わった31日の夕刻に,父が玄関に門松としめ縄を飾り付けて,私の家は新春を迎えるだけになりました。

しかし,小学校6年の夏に,父が長期入院することになり,私の家の餅つき行事はなくなりました。
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by gakis-room | 2007-12-30 15:46 | つれづれに | Comments(5)
2007年 12月 29日
洗濯物の匂いの記憶
私の虎が煙草を吸っていた頃,小学生のいつの頃からか,夕方に洗濯物を取り入れるのが子供たちの仕事になっていました。私はその仕事が嫌いではありませんでした。あの時のちょっとした快感を思い出します。
d0006690_18113326.jpg当時の洗濯物の干し方を今では見ることはありません。庭の「物干し棒」,こんな名前ではなかったように思いますが,思い出せません。

要するに鈎を付けた一対のポールを建て,それに物干し竿を架けます。鈎は3段になっていました。物干し竿はもちろん竹で,現在の金属製のものよりもずっと長かったように思います。

私の家では物干し棒は2組ありましたから,3段×2組で6本の洗濯竿を使っていました。というのも,洗濯の干し方は現在のようにハンガーを使わないで,両袖を竿に通すというやり方でしたから,たくさんの竿が必要でした。

1本の竿に洗濯物を通し終わると「取り入れ棒」(こんな名前ではなかったように思いますが,これも思い出せません)で,1段ずつ最上段にまであげていきます。取り入れるときはこの逆です。

洗濯ばさみをはずして,竿の片方をもって,えいっとばかりに垂直にします。すると,洗濯物がするすると落ちてきます。落ちてきた洗濯物が顔にかかりますが,まさしく洗濯物の匂いです。洗濯物が落ちてくる時と洗濯物の匂いが好きでした。

あの匂いは,盥を使っての手洗いでしたから,落ちきらなかった石けん(洗剤ではない!)の匂いだったのかも知れません。洗濯機で,液体洗剤を使っている現在はあの匂いをかぐことはありません。

こんなことを突然に思い出したのは,きょうの天気予報がはずれて,終日雨の中でほとんど乾かなかったベランダの洗濯物を恨めしく思ったからのようです。
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by gakis-room | 2007-12-29 18:13 | つれづれに | Comments(10)
2007年 12月 28日
懐かしいコーヒー店の匂い
私の虎が煙草を吸っていた頃,とさっそく書いてみましたが,高校生2年の秋の頃のことです。学校帰りに始めて一人でコーヒーを飲みに喫茶店なるものにはいりました。喫茶店と言うよりはコーヒー店といったほうがよいようです。

私のインスタントコーヒーの記憶は高校3年からですから,高校2年当時コーヒーが好きだったわけではありません。私が通っていた高校だけなのか,当時の名古屋の高校がそうであったのかは知るよしもありませんが,喫茶店に入ることは禁止されていました。ですから,コーヒーを飲むというよりも,ちょっとしたタブーを犯す喜び,あるいはちょっぴり大人になってみたかったというたわいもない悪ガキ程度のことだったと思います。

「ユキ」という駅前のコーヒー店は,今思えばありふれた,まあ,並み以下の小さなコーヒー店でした。「恐る恐る」ドアーを押して入った時の,コーヒーの香りはとても印象的でした。45年余になりますが,それがコーヒー店の匂いです。

大学時代も,卒業して今の市に住むようになってからもお気に入りのコーヒー店にはよく通ったものでした。コーヒーを飲むと言うよりも,あの匂いを嗅ぎたかったのかも知れません。コーヒーを自分でいれるようになってからも,コーヒー店通いは続きました。

しかし,いつの頃からか,コーヒーを飲みに喫茶店に入ることはあっても,通うことはなくなりました。理由は自分でもよく分かりませんが,ドアーを超えて入ったときのあの匂いが,今では「コーヒー専門店」でも嗅ぐことはなくなったからかもしれません。
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by gakis-room | 2007-12-28 19:23 | つれづれに | Comments(6)
2007年 12月 27日
(私の)虎が煙草を吸っていた頃
d0006690_18441313.jpg「虎がタバコを吸っていた頃」というのは韓国の童話,昔ばなしの出だしです。日本で言えば「むかし,むかし,あるところに」といったところでしょうか。

「不合理なことが起こりえたはるか昔の時代という意味である」と「韓国文化シンボル事典」には説明されていますが,何故「虎」であるのかの説明はありません。

「韓国昔ばなし」(白水社)の「上」には46編の昔ばなしが収録されていますが,「虎が煙草を吸っていた頃」で始まっているのは3編だけです。もっともこれは翻訳の問題かもしれません。

それはさておき,「虎が煙草を吸っていた頃」という言い方が気に入っています。それで,私がヘビースモーカーであるためもあって,あるいは悪乗りして,私の昔のことについては「私の虎がタバコを吸っていた頃」と言ったりします。

しかし,それでは誰にもなんのことか分からないので,実際には「私の虎が煙草を吸っていた頃」を素早く呑み込んで,「昔ね…」としか言いません。

「私の虎が煙草を吸っていた頃」のことです…,このような書き出しでいつか書いてみたいと思っています。
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by gakis-room | 2007-12-27 18:45 | つれづれに | Comments(4)
2007年 12月 26日
干し鱈のスープ
【用意するもの】
干した鱈  青ネギ  ごま油  塩  コショウ      ※材料すべて適量

【作り方】
1 干した鱈を適当の大きさに割く
2 小鍋にごま油をとり,1を炒める(このとき焦げすぎないように)
3 2にスープ1杯分の水を加えて,鱈が柔らかくなるまで煮る
4 塩・コショウで味付けして,小口に切った青ネギを散らしてできあがり

鱈は干して細く割いたもの(これをプゴ(北魚)といいます)を大阪の鶴橋の韓国食料品店で買いました。この時期に出回る鱈のスキ身は塩がきつくてダメです。プゴがなければ棒鱈を刻んでもいいかなと思いますがやってみたことはありません。

これにモヤシを入れてもいい感じです。さらにタマネギスライスもいれてみましたが,少し甘みがでます。次回は,ワカメをいれてみようと思っています。

【追 記】
ここでいう鱈はスケトウダラです。スケトウダラを韓国では漢字で「明太」と書き,「ミョンデ」と読みます。このスケトウダラの卵が「明太子」,つまりはメンタイコです。
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by gakis-room | 2007-12-26 22:00 | 簡単料理 | Comments(10)
2007年 12月 25日
2日続きの引き籠もり
d0006690_1825565.jpg昨日ときょう,家を出たと言えば,昨日の夕方に灯油を買いに出た以外は自室に籠もっていました。厳密に言えば,これ以外にきょうの夕方,6階の自室から1階の郵便受けに郵便を確かめに出ています。

私には,クリスマスイブもクリスマスもありませんでした。電話もありませんでしたから,自室を出なかっということは,この2日間,「灯油をください」,「ありがとうございます」の二言以外には,言葉も発していないと言うことになります。

2日間の引き籠もりの理由を強いて挙げれば,年賀状に没頭していたと言えないこともありませんが,それは休み休みでした。私の引き籠もりに大した理由はありません。ただ,外出の理由がなかったと言うだけのことでした。

きょうは終日曇っていて,ベランダから日没を見ることもありませんでしたが,きょうは日没が1番早かった12日よりも6分遅かったはずです。このことは数字のうえでのことで,日没をベランダから見ていたとしても6分の感覚はわかるはずももありません。

感覚がないと言えば,入り口のドアが完全に閉まらないときがあります。台所の換気扇をつけた時,部屋の中を空気が流れるのでしょうか,ドンと音をたててドアが閉まります。その空気の流れを目で見たくて,煙草,マッチあるいは香の煙で確かめてみたことがありますが,いずれの煙にも変化はありませんでした。

何もなかった2日間,それだけのことです。
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by gakis-room | 2007-12-25 18:25 | つれづれに | Comments(8)
2007年 12月 24日
冬の花火
d0006690_1625482.jpg昨夜,午後7時30分ころ,突然に打ち上げ花火の音がしました。昨夜は寒くはありませんでしたから,廊下に出てしばらく見ていました。短い時間でした。

冬の花火,思い出すのは太宰治の「冬の花火」です。太宰としては珍しい戯曲でした。確か「春の枯れ葉」と対であったように思います。

読んだのは学生時代の頃のことですから,内容はほとんど忘れていますが,「冬の花火」は線香花火だったように思います。

夏の夜に,家族がそろって浴衣なんかを着て,線香花火を囲むのはとても素敵なんだけれど,もう,そんな時代は来ない,日本は戦争に負けたのではない,滅んでしまったのだ,と主人公が言っていたように思います。「人間失格」に代表される太宰の下降イメージはこの作品から始まったとされています。

ところで,昨夜の花火は「2007 光の祭典」と名付けられたこの町のイベントのフィナーレでした。主催はこの町ですが,主管は商工会青年部を中心とした実行委員会です。昨日の記事のイルミネーションは「光の祭典」(1月12日まで)でした。

ひとつの町おこしなのでしょうか。「アンパンマンショウ」もあったようです。しか,「冬の花火」ねえ,なんとなく健気な感じもしますが,どこかむなしさが残るのはなぜでしょうか。
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by gakis-room | 2007-12-24 16:27 | つれづれに | Comments(10)
2007年 12月 23日
今年ももうすぐ終わります
d0006690_18282913.jpgきょうのスーパーでは,チキン類が俄然大きな面積を占めています。きょうが23日ですから,あさってからはお節料理関連が代わって主役です。

私の町の立派なアーケードをもった商店街は,いくつかのシャッターに反響させて朝からクリスマスソングのオンパレードです。

駅前広場では,商工会議所青年部が今流行のイルミネーションを飾り立てています。

今年で4年目です。年々進化しています。きょうは日曜日だからでしょうか,「光のトンネル」の横では小さなコンサートも開催され,模擬店までも出ていました。

いよいよ年の瀬です。私の場合はクリスマスともお節料理とも無縁で,何か特別のことといえば年賀状を書くことくらいですが,それでも,一年の終わりは,何となく身構えてしまします。

柄にもなく,「この一年は…」などと思ってはみますが,たいていは「それなりに色々あったな」と至極ありきたりです。さてさて,今年の年末は。
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by gakis-room | 2007-12-23 18:37 | つれづれに | Comments(4)
2007年 12月 22日
きょう,赤飯を食べようと思いましたが…
d0006690_19282110.jpgきょうは赤飯を買いに行こうと思っていました。しかし,朝からの雨は今も降り続いていますから,外出することもありませんでした。

終日の雨のせいでしょうか,最高気温も8.0度と低く,この冬1番の寒さです。奈良の平年の場合の最高気温が1番低いのは1月30,31日の8度です。

私はこれを「寒さの下限の日」と呼んでますが,きょうは初めての「寒さの下限の日」でした。

温度の変化もほとんどないようです。(午後7時30分現在)

  きょうの最高気温  8.0度
  きょうの最低気温  5.7度
  寒暖差       2.3度

きょうの夕食には赤飯を食べようと思ったのは,きょうは「冬至」だからというだけの理由です。柚子湯でもなく,カボチャでもなく,小豆にしようと思っただけのことです。なぜ小豆なのか。

韓国ではこの日,小豆粥を食べるという習慣があるそうです。まずは炊いた小豆粥を家のあちこちに置いて,邪鬼を払い,それから食べるのだそうてす。なぜ小豆なのか,邪鬼は赤色が嫌いだからだそうです。なぜ邪鬼は赤色が嫌いなのか,それは私には分かりません。

どうも栄養補給が目的のようです。漢方医学では小豆は中性であり,熱に対しては冷やし,冷に対しては熱くする効能があるといいます。さらには,血液をきよらかにする…,血液を補う…,強壮のための食べ物…,なんだか万能食材のようにみえてきます。

【なぜ柚子湯,カボチャでないのか】
柚子湯…真冬でもシャワーしかしない私には柚子湯は無縁です。先日,柚子をたくさんいただく機会がありましたが,ひとつだけいただいてきました。
カボチャ…昨年のこの日に食べたと言うだけの理由で今年は食べません。

【では,小豆粥ではなく,赤飯なのか】
米をほとんど食べない私ですから,小豆粥のために米を買うことがためらわれました。それに邪鬼払いもしませんから,形のある小豆であればと思ったのが赤飯でした。別に,粒あんのあんパンでもよかったかなとも思いますが,夕食にあんパンを食べる「勇気」はありませんでした。

結局は終日の雨のため外出もしませんでしたから,それで今夜のメインは冬至とは無関係な粕汁になりました。もちろん,鮭の頭の粕汁です。昨日の残りを整理しただけのことです。
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by gakis-room | 2007-12-22 19:30 | つれづれに | Comments(2)