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2007年 06月 30日
ギシギシ・花の名前です
d0006690_15163972.jpgギシギシ(羊蹄) タデ科 ギシギシ属
「近くの公園」のあちこちにたくさんあります。背丈は30センチくらいですが,1メートルくらいまで成長するものもあると言うことです。

3ミリくらいの小さな花をぎっしりと付けた棒状の花序(花のかたまり)です。

ギシギシとは変わった名前ですが,果穂を揺らすとぎしぎし音が出ることによるそうです。やってみましたが音はしませんでした。

漢字では「羊蹄」があてられていますが,なぜだかよくわかりません。

葉は大きく,縁は大きく波打っています。若葉を茹でて食べるそうです。そのせいでしょうか,どのギシギシも葉の多くは虫食い状態です。

d0006690_15165541.jpg果実は3片の内花被(花弁とガクの区別が付きにくい時の内側の部分)に包まれています。

形は三角形で中央にコブがあります。全体の大きさは3ミリくらいで,コブは1ミリくらいです

名前もそうですが,どこまでも変わった草花です。
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by gakis-room | 2007-06-30 15:19 | 花の手帳 | Comments(2)
2007年 06月 29日
威張っている「ヒメクグ」
d0006690_17514882.jpgヒメクグ  カヤツリグサ科ヒメクグ属
今朝,「近くの公園」でみました。背丈は15センチくらいです。茎の先に多数の小穂からなる球形の花穂を1個付けています。大きさは5ミリくらいです。

その先に長さの異なる3本の細長い苞葉(花や花序の基部にある特殊な葉)をすっとのばしている姿が素敵です。木陰で小さいながら,ちょっと威張っているようでした。

上に伸びたものは10センチ,左上に伸びたものは6センチ,右下の1番短いもので4センチほどでした。

調べてみたら,「クグ」とは「蚊帳つり草」の古名とありました。別の所では,漢字では「莎」(はますげ)があてられていました。しかし,「蚊帳つり草」と「ハマスゲ」は少しも似ていません。
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by gakis-room | 2007-06-29 17:59 | 花の手帳 | Comments(0)
2007年 06月 28日
産経新聞の中で浮いたままの産経新聞の記事・年金問題
一連の「年金問題」は依然として問題の全容が明らかになったとは思われません。さてさて,この先何が出てくるのか,あたかも「パンドラの箱」のようです。

問題の深刻さよりも支持率の低落振りにあわてて,安倍晋三首相,塩崎恭久官房長官,柳沢伯夫厚生労働相などのほか。厚労省事務次官と社保庁長官も,明日のボーナスを全額返納するとしています。

このパフォーマンス,しまりがないないことこの上ありません。ましてや,社保庁の1万7000人の全職員にも自主的に50%〜5%の返納を求め,さらには職員OBにも同じ程度の金額を国庫へ寄付するよう求めるに至っては,根源の責任を塗り隠す「一億総ざんげ」にも似た「目くらまし」を思い起こします。

1万7000人にとっては,ボーナスは紛れもなく生活給です。厚労省事務次官と社保庁長官を除けば,安倍首相以下大臣諸侯は生活給である歳費は全額温存され,+アルファーの部分の返納ですから,質が違います。組織の責任はひとえにトップが負うのが常識のはずです。

しかし,毎日新聞を除けばテレビ・新聞等のマスコミはおおむね1万7000人のボーナスの一部返納には肯定的です。その論拠の多くは「民間企業であれば…」という責任論のようですが,民間企業と社会保険庁との決定的な違いにはなぜかふれていません。

d0006690_190318.jpg産経新聞は26日に図のような記事を載せていました。それによると社会保険庁職員は固定された以下のような三層構造になっているようです。

【最上部】
30人ほどの厚生労働省から出向するキャリア組(国家公務員I種試験合格者)。おおむね2年交代で本省に戻るため,庁内では「お客さん」扱いされる。

【中間部】
社保庁採用のノンキャリア組。

【最下位部】
その下で実際に各地の社会保険事務所で年金の徴収や給付の裁定などを行う一般職員は都道府県単位の採用。

産経新聞は,次のように言います。
…この「三層構造」を超えた人事交流はほとんどなく、出世できるのは「最上階」のキャリア組だけ。「多少頑張っても出世できないため、職場環境や小さな権益に喜びを見いだすしかない」(社保庁勤務経験のある厚労省OB)という空気が組織のよどみを生む。逆に、出世コースに乗っているキャリア組は、年金の実務にはほとんど無知だ。
…さらに現場職員が平成11年度まで「地方事務官」という特殊な国家公務員だったことも、上下の意思疎通を欠く原因となった。「地方事務官」は給与は国費から支給されるのに、指揮系統は都道府県の知事部局のもとにあるという変則的な立場。国と地方のどちらも指示を出しづらく、イソップ童話になぞらえて「コウモリのような存在」(佐々木典夫元社会保険庁長官)ともいわれた。

…甘い労使慣行と三層構造。そんな歪(ゆが)んだ組織は、やがて国民から預かった巨額の年金保険料を年金以外の目的に使うようになっていく。(年金問題取材班)

民間企業ではこのような三層構造は皆無のように思われます。私には,産経新聞のこの記事は「年金問題」の根源の指摘であると思われるのですが,しかし,この記事は産経新聞の中でも浮いたままです。
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by gakis-room | 2007-06-28 19:02 | つれづれに | Comments(5)
2007年 06月 27日
こんな花も咲いていました・トキワハゼ
d0006690_21284288.jpgトキワハゼ(常磐爆)  ゴマノハグサ科 サギゴケ属

「近くの公園」で見ました。背丈5センチ,花は1センチに満たない小さな花です。花冠の上唇は薄い紫色で,下唇はかすかに紫色がかった白色です。

草花の名前に「トキワ」,「ヒメ」,「オニ」という修飾語を付けているものがたくさんあります。

「トキワ」は年中花を咲かせる,「ヒメ」は小さい,「オニ」は大きいと言う意味合いのようです。

トキワハゼの「トキワ」も年中花を咲かせる(トキワハゼの花期は4月から10月くらいのようです),「ハゼ」は実が爆(は)ぜる所からの命名だそうです。

「近くの公園」の近くに住んで,20年以上になりますが,この花が私に見えたのは4日前が初めてです。何も見えてはいないのですね。

6月24日のコマツヨイグサの開花は,きょうまでの観察では日没後に開花し,正午頃までにはほとんど萎む,と言うのが私の結論です。
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by gakis-room | 2007-06-27 21:29 | 花の手帳 | Comments(0)
2007年 06月 26日
「戦後レジーム」の遠景・きょうは国連憲章の調印の日
1945年6月26日,この日,サンフランシスコに50カ国の代表が集まり,国連憲章に調印しました。国連の正式な発足は51カ国による10月24日です。

すでに,アメリカ大統領ルーズベルトは,日米開戦前の1941年8月14日に発表された「大西洋憲章」で将来の国際組織について述べています。そして,1944年8月21日〜10月7日にかけての米・英・中・ソによる「ダンバートン・オークス」会議で,国連憲章草案を決定し,連合国の各国にそれを送付します。

ドイツが降伏する7カ月前,日本が降伏する10カ月前のことです。戦後の国際経済の基調となった国際通貨基金(IMF),世界銀行(IBRD)はこの年の7月にすでに発足しています。

1945年2月,ルーズベルトはイギリスのチャーチルおよび、ソ連のスターリンとヤルタで会談し,安全保障理事会で用いられる投票の制度について合意し,また,サンフランシスコで国際会議を開くことも決定しました。

1945年4月25日,国連憲章を決定することになるサンフランシスコ会議(6月26日まで)は50カ国の代表を集めて開催されました。私が驚かされるのは,この会議の数字的記録です。

  50カ国の正式代表者   282名
  随員         1444名
  事務局        1058名
  報道記者       2636名
  軍人補佐官       225名
   合計        5645名

さらに,補助員として
  ボーイスカウト    2250名
  医師・看護士      400名
  電信・電話担当     188名
    合計       2840名 

1945年4月25日と言えば,すでにドイツの降伏(5月8日)は時間の問題で,日本の敗北も決定的でした。そして,これだけの会議を構想したルーズベルトはサンフランシスコ会議の2週間前に急死します。もとより,ルーズベルト1人の功績ではないことは言うまでもありません。しかし,こうした会議を1つの背景とした「戦後レジーム」は彼抜きには考えられないのも事実のように思われます。

さらに,蛇足をすれば,会議の63日間につくられた文書は,1日平均50万ページ,最大170万ページに達したと言うことです。会議の準備と運営の過程を想像するだけで目が眩んでしまいます。
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by gakis-room | 2007-06-26 18:53 | つれづれに | Comments(4)
2007年 06月 25日
何とも物騒な名前・ヤブガラシ
d0006690_10544954.jpgヤブガラシ(薮枯らし)  ブドウ科

「近くの公園」です。「藪枯らし」とは何とも物騒な名前です。

その由来は,他の木などに這い昇って繁茂し,這い昇られた木は太陽の光を十分に浴びることが出来なくなって枯れてしまうからだといいます。

あるいは,この草が繁茂すると、その土地の養分を吸収し、付近の藪を枯らしてしまうからとも言われます。

おもしろい花です。花序(花の集合体)は扁平な集散花序で,4個の花弁は淡緑色で,平たく開き,後には反転します。雄しべは4個です。

すぐに花弁と雄しべが落ちてしまうので,あとには雌しべだけが花盤に取り残されることになります。写真のようにろうそく台にろうそくを立てたようにも見えます。

このころがこの花の蜜が最も多い時だそうです。その蜜を求めて,スズメバチやアシナガバチなど,たくさんのハチがやってきます。
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by gakis-room | 2007-06-25 10:57 | 花の手帳 | Comments(2)
2007年 06月 24日
コマツヨイグサの群れ
d0006690_12584888.jpg「近くの公園」でコマツヨイグサを初めて見たのは4月24日のことでした。その時は,道沿いに1輪咲いていました。

名前も知りませんでしたが, maron415さんから「コマツヨイグサ(小待宵草)」と教えていただきました。直径が1センチ強の小さな花です。しぼんだものは赤みを帯びます。

その後,時折,公園を通るたびに見かけましたが,群れて咲いているものは見たのは今朝が初めてです。公園の中に1カ所,公園の外の街路樹の根元に2カ所ありました。(写真は街路樹の根元のもの)


d0006690_1259166.jpg調べてみると,
  「日中でも咲く」
  「夕方から咲き出して夜中に満開となり,夜が明けるとしぽむ」
との2説がありました。

今朝,6時過ぎだったせいでしょうか,これまで見たものと違ってしっかりと咲いていました。しぼんでいるものはほとんどありませんでした。

1日,時間ごとの変化を見てみたいとも思うのですが…。
なお,「鳥取砂丘では砂丘を緑化する害草として駆除されている」との記事もありました。
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by gakis-room | 2007-06-24 13:04 | 花の手帳 | Comments(0)
2007年 06月 23日
ネジバナを初めてみました
d0006690_16311953.jpgネジバナ(捩花) ラン科 ネジバナ属
「近くの公園」で先週くらいから咲き始めました。群生しています。丈は20センチ前後で,茎は1ミリ程度の細さです。

その細い茎に,2,3ミリ位花が螺旋形についています。花の色はは少し濃い目のピンクです。

名前の由来は,花が捩(ねじ)られて付いているところからのようです。この螺旋形には右巻き(上から見て反時計回り)と左巻きの両方があります。 特にどちらが多いと言うこともないようです。

群生していっぱい咲いているのですが,濃いピンク色で,いくら捩れているという特異な形をしていても,花が小さく,茎も細いため目立ちにくく,見過ごしてしまいそうです。
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by gakis-room | 2007-06-23 16:34 | 花の手帳 | Comments(8)
2007年 06月 22日
どうでもいいことですが・・・,2つの童謡「桃太郎」と「浦島太郎」
【桃太郎】
1 桃太郎さん 桃太郎さん
  お腰につけた 黍(きび)団子
  一つわたしに下さいな

いつの頃からか気になりだしたのでしょうか。(村人たちを苦しめた?)鬼を退治するという桃太郎の志に共感したのではなく,黍団子,それもたった1つのために身を委ねたイヌは哀れ過ぎないか,委ねることは場合によっては身を滅ぼすかも知れないのに,なぜ,イヌはそう決意したのでしょうか。それほどまでに,飢えていたのでしょうか。そして,サル,キジまでも。

ついでに,歌詞を全部みてみました。
5 おもしろい おもしろい、
  のこらず鬼を攻めふせて、
  分捕物(ぶんどりもの)をえんやらや

作者不詳の原作の5番は,略奪を喜んでいるようでもありました。鬼の宝物は村人たちのなけなしの財産のはずです。しかし,鬼から「奪い返した」のではなく,いつの間にか,桃太郎は分捕っています。桃太郎ははたして村人たちに返したのでしょうか。遠い日の絵本の記憶では,分捕ったものは村人たちのなけなしの財産ではなく,およそ村人には縁遠い「宝物」であったようでした。

【浦島太郎】
浦島太郎は助けたカメに連れられて,竜宮城で乙姫様から連日の歓待を受けます。

2 乙姫様のご馳走に
  鯛や比目魚の舞踊
  ただ珍しくおもしろく
  月日のたつのも夢の中(うち)

歓待を受けた月日の長さはどうでもかまいません。気になったのは「乙姫様のご馳走」です。一体,浦島は何をご馳走になったのでしょうか。古来,日本では「ご馳走」は「山海の珍味」です。「山海」のうち「海」関して,竜宮城で浦島は海草だけをいただいたのでしょうか。貝類はともかくも,舞を見せてくれたタイやヒラメの刺身も食べたのでしょうか。

どうでもいいことばかりですが,この2・3日,2つの童謡が頭の中を巡っています。
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by gakis-room | 2007-06-22 18:48 | つれづれに | Comments(6)
2007年 06月 21日
より愚かな決定・日韓友好碑の説明碑削除問題
5月13日に書いた鳥取県琴浦町の日韓友好碑の説明碑から「東海(トンヘ)」を削除した問題の続報です。

この問題で,削除後,琴浦町は,当初,日本語文で「日本海」,ハングル文で「東海」とする案を発表しましたが,その後,議会が「日本海」も「東海」も使わない案に再修正していました。

18日,琴浦町は町議会全員協議会に「日本文のみに『日本海』を明記する」再々修正案碑文を提出し,全員競技会はこれを了承しました。

再々修正された碑文案は,日本文の「嵐で遭難」を「日本海で遭難」とし,西暦から元号との併記に修正。ハングル文では「日本海」,「東海」とも表記を見送ることにしたということです。

日本海新聞によれば,町内では右翼団体による街宣活動も目立っていたとのことですが,山下一郎副町長は「町民に迷惑や不安がないよう,安全安心を第一に考えて文案を協議した」と説明し,再々修正では,外務省に問い合わせ,政府として「日本海」が国際的に確立した唯一の名称という回答を踏まえてのことによるようです。

友好碑の説明文から,「東海」を削除するという「愚かな措置」の修正として,私の感想は「より愚かな」決定をしたもんだというものです。愚かさは,「地方自治体としての日韓の友好」を熟慮した後の修正ではなく,決定を外務省見解に委ねたところにあります。

「友好」の相手,つまりは韓国江原道から来訪した韓国人に,日本語説明文と異なったハングル説明文を,琴浦町はどのように説明するのでしょうか。「外務省見解に従いました」とでもいうのでしょうか。私には地方自治体としての「友好断絶の説明文」にしか思われません。

この13日,私の住む奈良県は韓国忠清南道と文化交流協力に向けた意向書を交わしたそうです。この意向書は,文化研究機関や博物館,図書館など専門機関の学術交流と共同研究を進め,文化,観光,体育イベントの広報から参加まで支援するという内容を含むといいいます。交流の確かさを願うばかりです。
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by gakis-room | 2007-06-21 08:25 | つれづれに | Comments(0)