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2005年 06月 30日
その後の東亜日報と朝鮮日報
天皇のサイパン訪問について,その後の東亜日報と朝鮮日報の記事を紹介します。中央日報を含めて三紙三様です。日本の各紙もニュースの扱いに違いがあり,各紙の特徴を見ることができますが,韓国紙の場合は,とりわけ日本関連ニュースについては各紙の特徴がはっきりと現れるようです。

【東亜日報】
天皇の「サイパン韓国人慰霊塔」訪問以前の記事で「サイパン韓国人慰霊碑」は訪問対象から除外され、『国内向けの行事』という限界を露呈した。韓国人慰霊碑は日本政府が自国の死亡者のために立てた戦没者碑から徒歩で5分のところにある」と批判していましたが,訪問後の29日には「天皇『4分だけこっそり追慕』」との見出しで以下のように書いています。気になるのは,前日の「日王」が「天皇陛下」になっていることです。「日王」が妥当かどうかは別にして新聞としての見識が問われます。また,「地元住民の反応にいて」紹介されている朝日新聞の記事を,奈良で朝日新聞を読んでいる私は知りません。

天皇陛下は、韓国人の慰霊塔の前で4分ほど立ち止まり、献花や特別な追悼のあいさつなしに、簡単な黙念だけをし、周辺を見回ったものとされる。28日付の日本の夕刊各紙は、天皇陛下ご夫妻のサイパン慰霊塔への訪問を、写真とともに報じたが、韓国人慰霊塔を訪問したことについては、これといった意味を与えなかった。

朝日新聞は、地元の住民たちの反応について「戦争当時に支払わされた犠牲の痛みが、依然治癒されておらず、日本についての思いが複雑」だと伝えた。太平洋戦争犠牲者遺族会のヤン・スンイム会長は「天皇陛下がどんな姿勢で平和塔を訪問したのか分からない」とし、「心からしょく罪するならば(平和の塔の訪問を乗り越えて)、韓国人戦争犠牲者の問題を解決しなければならないだろう」と話した。

【朝鮮日報】
朝鮮日報にニュース記事はなく,「萬物相」というコラムが「サイパンの天皇」という見出しで論評しています。コラムは,日本軍の「無降伏主義」による自決例としてミャンマーとサイパンでの状況を詳しく述べた後,「バンザイクリフ」の犠牲者のなかでは、多数の韓国人もいたとした上で,以下のように結んでいます。

明仁天皇が一昨日と昨日、サイパンを訪問し、「バンザイクリフ」や、その近くに位置する韓国人追悼の「平和の塔」を訪れた。

天皇が以前日本の植民地だったところに、日本人戦没者を慰霊する目的で赴いたのは終戦後初めてのことだ。太平洋戦争を起こした天皇の息子が、「天皇万歳」を叫びながら自殺した日本人を慰霊するとして海外に出かける様子に、戦争の加害国である自分を忘れていく日本が垣間見える。

 天皇がサイパンで得るべき教訓は、60年前に起きた日本人の集団自決の根本には日本の軍国主義の狂気があったという点だ。
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by gakis-room | 2005-06-30 05:49 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 29日
天皇のサイパン訪問と中央日報
韓国の有力3紙のひとつ,中央日報(日本語・電子版)は,天皇のサイパン訪問を28日,トップ記事で好意的に報じています。

他の有力2紙のうち,東亜日報は天皇を「日王」とした上で,「サイパンで強制労働に苦しんだり、戦乱に巻き込まれて死亡した韓国人犠牲者のための『サイパン韓国人慰霊碑』は訪問対象から除外され、『国内向けの行事』という限界を露呈した。韓国人慰霊碑は日本政府が自国の死亡者のために立てた戦没者碑から徒歩で5分のところにある」と批判的でした。もっとも,中央日報が28日20時21分の更新なのに対して,東亜日報は28日06時03分の更新ですから,28日の天皇の行程以前の記事です。
朝鮮日報は何も触れていません。

以下長くなりますが,中央日報の記事の全文を紹介します。


明仁天皇、サイパンの「韓国人慰霊塔」電撃訪問

明仁天皇が28日、米国領サイパン島にある太平洋戦争韓国人犠牲者追悼平和塔を訪問した。 天皇はこの日午前10時から4分間、平和塔前の道路に立って黙祷した。 天皇の平和塔訪問は事前予告なく行われた。サイパンの韓国人居住者らは訪問現場にいなかった。 黙祷以外に、声明発表や発言はなかったと、同行取材中の日本メディアが伝えた。 1944年、米軍上陸作戦に対抗して日本軍が激しく抵抗したサイパンでは、韓国人1100人が死亡したと伝えられている。

◇予告なく訪問=天皇は28日午前、旧日本軍慰霊碑の「中部太平洋戦没者の碑」などを参拝し、宿舎に戻る途中、韓国人追悼平和塔に立ち寄り、車から降りて搭に向かって黙礼した。 天皇は1泊2日の日程で27日、サイパンに到着した。 同行記者団に事前配布された日程には、韓国人慰霊塔訪問は含まれていなかった。 しかし日本宮内庁は出発前から韓国人慰霊塔訪問を検討していたという。 宮内庁幹部は「計画はあったが、いろいろな状況を考え、27日夜最終決定した」と述べた。 また「陛下の気持ちに基づき行われた」とし、天皇本人が慰霊塔訪問を希望したことを示唆した。

◇「歴史反省の契機に」=毎月1500ドルをサイパン政府に寄付しながら平和塔を管理してきた追悼事業会のイ・ヨンテック会長(76)は、天皇の訪問について「小さなことだが、それ自体に意味がある」と語った。 また「今回のことが日本国民の過去史反省と戦争被害遺族に対する補償などの契機になることを望む」と付け加えた。 太平洋戦争犠牲者遺族会のヤン・スンイム会長は「天皇がどんな姿勢で平和塔を訪問したかは知らないが、心から贖罪したのなら、韓国人犠牲者の問題も解決してくれることを願う」と述べた。
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by gakis-room | 2005-06-29 06:38 | 韓国あれこれ | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 27日
私の興味?
私が本を買い求める方法は,京都なり大阪なりに出た時に大手の本屋の店頭で新刊書などを手にして購入する以外は,「e-hon 全国書店ネットワーク」を利用しています。

きょうも,このネットを利用して本を注文したら,「今カートに入れた商品を買った人はこちらにも興味を持っています」と断定して,6冊ほどが私の興味に合うのだと教えてくれました。ちなみにその6冊の書名は以下の通りですが,笑ってしまいました。

「古き友からの伝言」,「カサンドラの挑戦」,「文筆生活の現場」,「戦国知将『強者の論理』」,「粉飾国家」,「男の運命は『女』で決まる」

著者と簡単な説明が付いていましたが,この6冊には私はまったく興味がありません。ネットに登録した私についてのデータと注文した本から自動検索しているのでしょうが,私の興味を断定する自信が危ういことは言うまでもありません。

危ういと言えば,血液型による性格の断定でしょうか。こちらの猛威は不滅のように思われます。
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by gakis-room | 2005-06-27 07:19 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 26日
強制睡眠への反省
日本とブラジルのサッカーの中継があった日のことですから,24日の深夜のことです。4月以来はじめて「強制睡眠」をしました。

「強制睡眠」と私が呼んでいるのは一種の寝酒のことです。その日は午前2時過ぎに目が覚めました。異常に早起きの私でも2時は早すぎます。それで缶ビールを1本飲んで眠気を誘うことにしました。つまり強制睡眠です。

リタイアするまでは,時折強制睡眠をすることがありました。しかし,アルコール臭が残ることを考えて,午前3時以降はやりません。そのまま起きてきました。

この日は,これまでと違って強制睡眠にはなりにくく,逆にすっかり目が覚めてしまって,サッカー中継を最後まで見てしまいました。ようやく眠くなった時には,「強制睡眠剤」は3本になっていました。

その日,目覚めたのは午前11時前でしたが,言うまでもなく完全な二日酔い状態です。「しばらくは強制睡眠はやめよう」と,とりあえず反省だけはしたのですが…
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by gakis-room | 2005-06-26 07:29 | つれづれに | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 06月 25日
6月25日の政治責任と道義責任
55年前のきょう,1950年6月25日の未明に北朝鮮軍が突如南下,朝鮮戦争が始まりました。3日後の28日にはソウルは陥落します。その後,戦争の前線は朝鮮半島を一往復して,休戦会談がはじまったのが1951年7月,ようやく休戦協定が結ばれたのは1953年7月のことでした。

朝鮮半島が北緯38度で南北に分断されたのは,アメリカとソ連の都合です。しかし,私は日本の敗戦に至る最後の3週間を思い出します。7月26日にポツダム宣言が出され,これの受託決定をしたのが8月14日,翌15日に戦争終結の詔書が放送されます。

7月26日から8月15日までに起こったことは以下のことです。
8月6日 広島に原爆投下
8月8日 ソ連,日本に参戦
8月9日 長崎に原爆投下

日本の降伏が10日早ければ,広島と長崎の悲劇,朝鮮半島の南北分断,旧満州における残留孤児の悲劇はなかったことになります。もちろん,朝鮮戦争もありません。

折しも,北朝鮮による拉致被害者家族会の衆議院第2議員会館前での座り込みは25日を挟んで3日間行われると,昨日の夕刊は小さく報じていました。
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by gakis-room | 2005-06-25 07:03 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2005年 06月 24日
平熱
5月の末に風邪をひいてから,自分の平熱が一体何度なのか気になって,その時以来,朝起きたときと就寝前に体温をはかるようになりました。しっかり癖になっています。

体温は36.4度から36.8度の間を行ったり来たりしています。いつも朝が36.4度で,就寝前が36.8度というのではありません。逆に朝が36.8度で就寝前が36.4度ということもあります。

今では風邪をひいていた時の,咳,くしゃみ,鼻水,体のだるさはありません。熱が37度をこえることもありません。ですから風邪はすっかり治ったと思っているのですが,36.4〜36.8度の体温を考えると完治はしていないのかなとも思います。

あるいは平熱というものはこのように幅のあるものなのでしょうか。それともどこか体の異変なのでしょうか。
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by gakis-room | 2005-06-24 06:55 | つれづれに | Trackback | Comments(1)
2005年 06月 23日
通勤途上の愉しみ
現在は週2日,1時間30分ほどかけて電車通勤しています。リタイアする以前は,ずっと自転車通勤でした。それ以前の学生時代は,入学直後の3ヶ月は電車通学でしたが,その後はずうっと徒歩通学でした。

毎日の朝のラッシュ(とはいっても私の場合は週2日だけですが)の経験は42年ぶりになります。とはいえ,乗る電車は8時33分と遅く,しかも始発駅からの乗車ですから,途中の乗り換え後を含めて毎日座ることができます。

この1時間30分の電車内の愉しみは,リタイア時に記念としていただいたiPodです。iPodは携帯灰皿とともにいまでは外出時の必需品です。これまでもCDを時々は聞きましたが,一枚をじっくりと聞くことはほとんどありませんでした。

もっかのお気に入りは,金秀哲の「Best Music for Film-01」と天満敦子の「Balada」です。前者のなかのテグムで演奏される曲と後者の中におさめられているポルムベスクの「望郷のバラード」にすっかりはまっています。
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by gakis-room | 2005-06-23 18:14 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
2005年 06月 22日
夏至
6月21日,昨日は夏至でした。言うまでもなく1年で昼間が一番長い日です。昼間が14時間35分で,夜間が9時間25分だそうです。きょうは昨日よりほんの少し昼間が短い,といってももちろんピンとはきません。

それで,ふと冬至についても知りたくなりました。冬至を過ぎると昼間が長くなっていくわけですから,冬至を一年の終わり,冬至の翌日を一年の始まりとしてもいいのかな,なんて思ったからです。

調べてみると,古代では冬至の翌日ではなく,冬至の日を一年の始まりとしていたそうです。何となく残念な気がしました。

今年の冬至は12月22日です。昼間は9時間45分夜間は14時間15分だそうです。
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by gakis-room | 2005-06-22 06:33 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 20日
しくじった
6月19日の記事を間違って削除してしまった。何てことだ。記事の内容は,3月19日にブログをはじめてから3ヶ月が経過したこと,その統計と,「ブログは自分を晒すことのようで,ある種の緊張感がある」という私の感想であった。

この記事にコメントくれたguppiloveさん,ごめんなさい。
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by gakis-room | 2005-06-20 19:47 | つれづれに | Trackback | Comments(4)
2005年 06月 20日
6月19日と無念の死
6月19日,JR福知山線の運転が再開されました。きょうもテレビは繰り返しこのことを報じています。事故現場を通過する車内では合掌する人がきょうも少なくありませんでした。献花台にはきょうも花が絶えません。「無念の死」にはいつも心が揺さぶられます。

45年前の6月19日。その夜,16歳の私は名古屋市内の繁華街の車道いっぱいに多くの人と手をつないで歩いていました。それは4日前に国会構内で無念の死を遂げた女子大生への追悼でもありました。その日は,今では見ることもほとんどなくなった街頭デモにはじめて参加した日でもありました。

60年前の6月19日。沖縄ではひめゆり部隊の悲劇がありました。それから46日後にこの国が東アジアに無数の無念の死を強いた戦争が終わりました。

無念の死を悼むことは心の自然の働きのように思います。無念の死は残された者によって,あるいはそれを思いやる者によって慰められることも自然です。しかし,無念の死を美しいといい,その霊を神として崇めることは断じて自然ではありません。
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by gakis-room | 2005-06-20 19:25 | つれづれに | Trackback | Comments(0)