2009年 02月 11日
1940年2月11日
きょうは「建国記念の日」です。公式行事は何もないようです。全国紙の中では産経新聞だけが「主張」(社説)で「建国記念の日 政府が率先し祝うべきだ」と息巻いています。「国際的にみても、国が制定した建国の記念日を政府自らが祝わないというのは、異例なことと言わざるをえない」と憤慨しています。

私には「建国記念の日」ないしは「紀元節」とは無関係に2月11日は記憶にとどめておく日です。1940年2月11日,この日,前年の1939年11月10 に公布された「改正朝鮮民事令」が施行された日です。折しも「紀元2600年」の年でした。「改正朝鮮民事令」は,朝鮮人に日本式の家族単位の氏の使用を指示するものでした。いわゆる「創氏改名」です。

朝鮮では婚姻による姓の変更はありません。朴氏に嫁いだ金氏は金のままです。その朴氏の父親に嫁いだ李氏は李のママです。1家族に男系の朴氏と嫁いできた李氏,金氏がいます。これを家族全員を共通の「氏」に変えようというのです。つまり「創氏」です。この場合,「創氏」にも改名にも日本的な「氏」と「名」が事実上強制されました。こうして韓国の朴正煕元大統領は「高木政雄」となりました。

韓国では固い約束の時,「約束を違えたら姓をかえてもいい」との言葉あるそうです。つまりは「姓を変える」ことはあり得ない,それほどの固い約束だという意味です。朴氏が養子を迎える場合でも,朴一族の中からしか迎えません。日本のように中村さんが佐藤さんちに養子にいくことはありません。

「創氏改名」が民族の伝統を破壊したと言われる所以です。その破壊が69年前のきょう,始まりました。
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by gakis-room | 2009-02-11 18:13 | つれづれに | Trackback | Comments(6)
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Commented by Mr.Yo-Yo at 2009-02-11 18:31 x
日本だけです。植民地化した後、こんなことをしたのは。
今にして思いますが、もし69年前これをしていなければどうなっていたでしょう。
「約束を違えたら姓をかえてもいい」
こんな言葉生まれていたいたでしょうか。韓国の人にとってありえないことですから生まれる隙間がありません。
こうして考えてみると、「創氏改名」が民族の伝統をより強固なものにしたのですね。
Commented by gakis-room at 2009-02-11 21:27
Mr.Yo-Yoさん,
そうです,「日本だけです。植民地化した後、こんなことをしたのは」。このことが朝鮮民族により強い愛国心をもたらしたと思います。

麻生首相は政調会長時代,東大の五月祭で講演した折りに「韓国時が望んだから創氏改名をおこなった」というような発言をしました。この人は歴史もわかっていないようです。
Commented by 高麗山 at 2009-02-11 21:50 x
早朝から“ラッパ屋”が、国道筋を軍歌をボリュームいっぱいでガナリ立てて走るので、建国記念日だと納得しました。
毎年、毎年迷惑なことです。なんとかできないのかな、あの“街宣”!
Commented by gakis-room at 2009-02-12 07:36
高麗山さん,
街宣車の音楽を聴いて眉をひそめる人はあっても愛国の情を噛みしめる人はないのではないでしょうか。とすれば,彼らは「非愛国者」?
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-12 14:04
金素雲という人のこと読んでいます。
彼が朝鮮の童謡の「日本語訳」岩波文庫の序文で朝鮮の子ども達に語りかえる言葉。
伝統の精神までも君たちが忘却してはいないか。
「きのう」を忘れて成り立つ「あす」はない。
と。
Commented by gakis-room at 2009-02-12 19:06
saheiziさん,
金素雲は北原白秋の門下生ですよね。彼の日本語の言語感覚については白秋も絶賛したとか。

日本の政治家たちのなんと忘れやすいことか,いいえ,最初から知ってはいなかったんだと思っています。


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