2008年 11月 16日
宿泊したかったのですが…,鞆の浦・2
写真はクリックすると大きくなります

d0006690_19581418.jpg【ボンネットバス】
福山市は1945年8月8日に空襲を受けましたから,被害を受けなかった「鞆の浦地区」だけが私の目当てでした。鞆の浦地区へはバスで30分です。

福山駅前からは乗ったのはボンネットバスでした。別段ボンネットバスには私は何の関心はありませんから,単なる偶然です。写真におさめたのは。車中のガイドの「現役では国内最古,当初は奈良市内を走っていました」という言葉に。「それはそれはどうもどうも」といった挨拶です。

ガイドは,写真を紙芝居のようにしながら,福山市と鞆の浦についての説明をしてくれました。バスは1958年登録,120馬力(現在のバスは200〜300馬力)。

d0006690_19583238.jpg【雁木(がんぎ)】
「雁木」とは江戸時代に築かれた船着き場の石段のことです。特に珍しいものではありませんが,名前を初めて知りました。その由来は「雁の群れがどんでいる様」らしいのですが,とてもそうは見えません。

しかし,立派な役割があります。鞆の浦の干満の差は4m程です。仲仕が荷を担いで陸揚げするのですが,船と岸壁にかけられて渡し板に勾配があっては危険が大きくなります。雁木は干満の差による勾配をなくすためのものです。

写真の遠方に水平になっている渡し板が見られます。なお,200mも雁木が残っているのはここだけだそうです。

d0006690_19584527.jpg【沼名前(ぬなくま)神社】
祭神は素戔嗚尊です。京都の八坂神社も同じですが,京都八坂神社の元社とのことでした。とすれば,この神社もまた,渡来人の建立によるものでしょうか。

写真手前の鳥居は神社の第2鳥居です。上部の笠木が珍しい形をしています。笠木の先端が丸味を帯びて、そり上がり、その上に鳥が止まっているように見えます。「鳥衾(とりぶすま)」といわれるもので、このような形式の鳥居を肥前鳥居というそうです

鳥居の石柱は細身で、高さは4.5m。1625年、福山藩水野2代勝重が長男勝貞誕生に当り、その息災延命の為に寄進したと言われてます。なお,神社の右手には秀吉の愛用した(移動式)能舞台(国宝)がありました。

d0006690_19585710.jpg【保命酒】
鞆の浦名物の1つに「保命酒(十六味地黄保命酒)」があります。16種類の薬草を入れて醸造した薬酒です。味は「養命酒」に似ていますが,こちらはアルコール度14度で,医薬品ではなく酒です。私には甘すぎて口に合いませんでした。

現在,醸造・製造している酒造は4社ですが,写真はその1つです。建物は「太田家住宅」と呼ばれ重要文化財です。看板には「鞆七卿落遺跡」もあるように,幕末,長州に逃れた三条実美ら七卿はここで数日間を過ごしたとのことです。



おまけ1・宿泊したかった
福山駅の案内所でいただいた観光地図には鞆の浦の史跡,29カ所が掲載されていました。私が見たのはその半分くらいでしょうか。日帰りの予定を変更して「思いつきの宿泊」をも考えましたが,翌日の午前中は雨の予報でしたから,残りはまたいつか,としました。

おまけ2・福山藩のこと
福山藩は福島政則(安芸50万石)が改易された後,1619年,旧福島政則支配地から分離・独立。毛利など中国筋の有力外様大名に対する「西国の鎮衛」として,徳川家康の従兄弟でもあった水野勝成が大和国郡山藩(6万石)から転封したことから始まります。

福山藩の領域は現在の行政区分では福山市全域と尾道市の東部、府中市全域、三次市や庄原市の南部、笠岡市や井原市の西部、神石高原町の大半となりますから,結構な広さです。

水野氏は1698年,5代をもって断絶しますが,藩成立当初に農民全体の7割以上であった小作民はこの間にほぼ0となった言われています。その後,1710年に宇都宮から阿部氏が藩主となり,版籍奉還まで10代161年まで在封します。

阿部氏は10代の内,老中4人,大阪城代1人をだすなど幕閣の中心をなしました。特に幕末に25歳にして老中首座に就任し,日米和親条約を締結した7代藩主阿部正広は著名です。阿部氏は代々幕閣の中枢を目指ししたためでしょうか,歴代藩主は江戸定府で,領国滞在はまれだったと言われています。このこともあって福山藩の財政は厳しく,0にまでなった農民の没落も多く,言葉を換えれば,少数の大地主・豪農が出現します。
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by gakis-room | 2008-11-16 20:07 | つれづれに | Comments(4)
Commented by ume at 2008-11-17 08:11 x
「雁木=今で言うアーケードで、降雪時に、歩道に雪が積もらないように屋根をかけたもの、豪雪時には歩道はトンネルの様相を呈した」だとばかり思っていましたが、同名でまったく違うものがあったことに驚きです。
教科書にも載っていて、当市の高田地区のもの有名ですが、今は、わずかになりました。
Commented by gakis-room at 2008-11-17 12:03
umeさん,
雪国のガンギを思い出しました。漢字も同じ「雁木」なのに,全く場所も用途も違いました。越後の雁木の名前の由来は何なのでしょうか。
Commented by 高麗山 at 2008-11-17 15:50 x
雁木鱏と言う魚がいます、名前は聞いたことがあるのですが、上記の事柄と何か関係があるのですかネ?
煮つけにすると、おいしいそうです。
Commented by gakis-room at 2008-11-17 16:27
高麗山さん,
ガンギエイという名前を初めて知りました。東北地方で食べられるようですね。


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