2008年 08月 13日
強弁による自己保身,東条英機の直筆メモ
東条英機の直筆メモが公開されました。日本の敗戦直前の8月10日〜14日にかけてのものです。10日についてはポツダム宣言受諾に関して天皇への上奏内容,11日以降については彼の思いが綴られています。

以下は朝日新聞12日夕刊の「東条元首相メモ(抜粋)」によります。

…戦いは常に最後の一瞬に於いて決定するの常則は不変なるに拘わらず,其の最後の一瞬に於いて尚ほ,帝国として持てる力を十二分に発揮することをなさず敵の宣伝政略の前に屈し…もろくも敵の脅威に脅え,簡単に手を挙ぐるに至るが如き国政指導者及国民の無気魂なりとは夢想だもせざりし(8月13日)

陸軍大学を首席で卒業し,俊才とされた人のリアリティのない軍事論とあきれるほど単純な精神主義に驚かされます。東条内閣は1941年10月18日〜1944年7月22日まで続きますが,組閣時に彼が兼任した役職は以下の通りです。同時に,(内規を曲げて?)陸軍大将に昇進しています。
  陸軍大臣  1941.10.18〜1944.07.22
  軍需大臣  1941.10.18〜1944.07.22
  内大臣   1941.10.18〜1942.09.17

しかし,彼の精神主義にはそれなりの理由があったように思われます。彼には「東亜の安定を確保し,世界平和に寄与する」および「自存自衛」という戦争理由が虚偽であるこが露呈しないためには,「もはや負けるしかない戦争」に「勝つ」と強弁し続ける以外にはなかったのかもしれません。この日に先立つ10日,11日は次のように言っています。

…(ポツダム宣言の受諾による無条件降伏は)大東亜諸民族の幸福安寧を顧みるの処置に欠くところあらんか。大東亜諸民族は永ごうに帝国をぶべつするのみならず,大東亜戦争も結局は君名の下,自己の便宜に出発せるものなりとの深き印象を与え,帝国の道義其のもの迄も滅ぶに至る(8月10日)

…無条件降伏受諾の影響は,軍,国民の意気阻喪を来し,此の際,交戦力に大なる影響を及ぼすことを恐るるのみならず,国民はややもすれば一段安きに考えたる国民として軍部をのろうにいたるなきや(8月11日)

これは,調子のよい理屈をつけていったん始めたことを中途でやめれば,事の虚偽があきらかとなって,「大東亜諸民族」,「一段安きに考えたる国民」からのしっぺ返しを恐れるだけでなく,ただ自己の保身をはかる軍「官僚の典型」のように私には思われます。
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by gakis-room | 2008-08-13 16:29 | つれづれに | Comments(6)
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-14 07:48
それにしても情けない、厚労省あたりの役人と変わるところがないです。
Commented by gakis-room at 2008-08-14 15:10
saheiziさん,
そうですね。いい加減なデータで大規模な土木工事を始めて,無意味なことがはっきりして,早く中止した方がいいのに,「始めたのだから,これまでが無駄になってしまうから」とというのに似ていますね。東条は
「(膨大な兵士,国民の)犠牲を犬死に終わらしめざる切望」
とも記しています。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-14 20:20
そういってさらに膨大な犠牲を出し続けたのですね。
Commented by gakis-room at 2008-08-15 09:06
saheiziさん,
命の無駄遣いです。
Commented by antsuan at 2008-08-16 14:38
彼は明らかに軍人官僚であり、望んで政治家になったわけでも、総理大臣になったわけでもないと云う事実を物語っています。このような人物を首相にした責任はやはり国民が負わねばならないのでしょうね。

Commented by gakis-room at 2008-08-16 15:27
antsuanさん,
当時の憲法の論理から言えば,国民に任命責任はなんらないと思います。任命責任は主権者たる天皇だけが負うべきものです。


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