2008年 06月 20日
風呂敷と変身願望
私の虎が煙草を吸っていた頃,通学カバン以外に外出時のカバンなど持っていませんでした。ですから,いくつかの物をもつて外出するときはたいていは風呂敷を使っていました。私は社会人になってもかなり長い間使っていました。

思い出すのは学期末の終了日です。風呂敷一つをもって通学したものです。たいていは腰に巻いて行きました。そして,持ってかえる物が「成績通知書」だけの場合は,しわくちゃなならないように,これまた腰に巻いての帰宅でした。

子どもたちには風呂敷は物を持ち運ぶ以外の使い道がありました。チャンバラ遊びのときにマントとして使いました。多分,漫画や時代ものの挿絵,あるいは映画の中での「忍術使い」(断じて「忍者」や「忍び」ではありません)や「幻術使い」がしばしばマントをしていたからだと思います。

いわばこどもの「変身願望」だったのかもしれません。胸の前で両手あるいは片手で印を結んで念ずればたちまち変身します。中でも,印を結んで念じた瞬間,大鷲の上に乗って空を飛ぶ場面は,これは最高の憧れでした。

もう一つの使い方がありました。覆面です。これははっきり覚えています。「鞍馬天狗」でなければ「怪傑黒頭巾」です。前者は大佛次郎,後者は高垣眸の原作です。着流しと黒装束の違いはありましたが,「危うし!」の場面ではなぜか懐から拳銃(短筒-タンヅツと言ったと思います)を取り出して危機脱出です。

タンヅツを懐から取り出すなど不可能です。しかも。怪傑黒頭巾は2丁拳銃でした。こんなことを知ったのは変身願望がすっかり消え失せてしまってからのことです。とはいえ,あのころよりも現在のほうが「変身願望」が強いかも知れないなと思うことがあります。それは余りにも自省ないしは自己嫌悪にかられることが多いからなのかもしれません。

※風呂敷にはこんなに多くの包み方があります。
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by gakis-room | 2008-06-20 22:07 | つれづれに | Comments(8)
Commented by YUKI-arch at 2008-06-21 05:09 x
東京の下町で育ったのですが、
何々ごっこと言うと、
ふろしきや母親のスカーフなどを使って、
正義の味方に変身しました。

そう覆面ですね。

変身願望は僕も変わらずあります。
続いていますが、
実態は変わらない・・・。
Commented by saheizi-inokori at 2008-06-21 10:03
究極のエコバッグでもありますね。
洞爺湖で提唱したらいいです。世界のエライさんも変身して普段考えないような秀逸のアイデアを披歴しあって。
持ち物はすべて風呂敷で。
Commented by 高麗山 at 2008-06-21 11:13 x
田舎に育った割りに、風呂敷包みに深い印象がない、なぜだろう?
実質的な使い方をしていたので、子供にまで回ってこなかったのだろうか。
否、どうも遊びそのものが、凶器ぎりぎりのゴムパチンコなどで、仏像の影から撃ち合いをしていたような記憶が甦る!
Commented by gakis-room at 2008-06-21 12:05
YUKIさん,
そうです。何人もの鞍馬天狗かいたりして。懐かしい思い出です。
Commented by gakis-room at 2008-06-21 12:14
saheiziさん,
今思いつきました。会議資料は風呂敷に包んでテーブル上においておくといいかもしれないですね。風呂敷は記念のお土産として。
Commented by gakis-room at 2008-06-21 12:18
高麗山さん,
おやまあ,
かなりの悪ガキですこと(失礼)。子供の遊びは遠く離れていても同じであったり,隣町でも違っていたり,不思議ですね。
Commented by ume at 2008-06-21 14:56 x
微妙に、年齢はずれているはずなのに、「ヘ~、そうか」みんな「風呂敷マント世代」だったのですね。当時は都会も田舎もなく全国的に広まった遊びだったというのがコメントを読んでわかりました。里山の土手や田んぼのあぜ道で、ちゃんばらをするが当時の私の遊びでした。田んぼのあぜ道に植えた枝豆を踏みつけたために、学校へ抗議が来たのを思い出します。
Commented by gakis-room at 2008-06-21 19:45
umeさん,
「風呂敷マント」も「チャンバラ」も最近の子どもたちは知らないことでしょうね。夕方遅くまで外で遊んでいる子どもたちの姿がなくなってから長い年月が過ぎたように思います。「原っぱ」もなくなりました。


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