2008年 06月 02日
高下駄を履いていた頃
d0006690_18564095.jpg私の虎が煙草を吸っていた頃,子ども世界にはっきりとした年齢による境界がいくつもありました。それは掟のようでもありました。

その一つに,「高下駄」がありました。「ほおっぱ」と呼んでいたかもしれません。

調べてみると,「足駄」あるいは「厚歯」と言うようです。確かに,飲み屋の料理人がカウンターの中で履いている高下駄よりは歯はずっと厚かったように思います。

【足駄】
歯を台に差込む構造のもの(初期には一木から繰りぬいた)。歯が通常のものよりやや高い。平安時代後期から江戸時代ごろまで用いられ,江戸期にはもっぱら雨天の履物であった。…また、旧制高等学校生徒が履いていたのもこの種の下駄である(=朴歯の高下駄)。(下駄 - Wikipedia)

これは,中学生(もちろん新制)にならないと絶対に履いてはならないものでした。この掟に例外はありませんでした。もちろん雨天用ではありません。中学生になった特権(?)です。

「マント,弊衣破帽,高下駄」をシンボルとした旧姓高校生とはほど遠く,単に青洟(あおばな)を垂れなくなった程度のことですが,高下駄を履いて,カランコロンと音を立てて歩くとなぜか大人になったような気分がするから不思議です。

こんなことを思い出したのも,小雨の中「近くの公園」を歩いていて,素足のヘップサンダルの足が草むらに濡れたからでした。「高下駄」が昔はあったなと。

ところで,私はいまだに「下駄箱」と言うのですが,最近は「シューズラック」,「シューズボックス」と言うようです。「シーツ」を「敷布」と呼んで娘に笑われたことがありましたが,その時には,私の虎が煙草を吸っていなかったことは言うまでもありません。
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by gakis-room | 2008-06-02 19:07 | つれづれに | Comments(10)
Commented by saheizi-inokori at 2008-06-03 09:46
土地によって違いがあるのですね。
我が長野では高下駄はすでに見当たりませんでした。中学、高校と普通の下駄を鳴らして通いました。
ちびてペチャンコになった草履のような下駄をはいて。
Commented by convenientF at 2008-06-03 12:00
家から中学まで50メートル。
その距離を初めて足駄で歩いたときの嬉しさ。

供のセパードも誇らしげでした。
Commented at 2008-06-03 13:12
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by gakis-room at 2008-06-03 18:57
saheiziさん,
土地によって違うのですね。
高下駄でも,歯がちびたのがかっこよかったことは言うまでもありません。
Commented by gakis-room at 2008-06-03 19:02
CFさん,
あの嬉しさはどこから来るのでしょうか。一丁前気分ですよね。今の子どもには絶対に味わえない気分だと思っています。
供のセパードも「おいらの主人を見てくれいっ」というところでしょうか。
Commented by gakis-room at 2008-06-03 19:04
鍵コメさん,
お知り合いだったのですね。最後の1行がなければ,書きませんでした。おかげで,「内気で外股」のキャッチフレーズの信憑性が崩れてしまいました(笑い)。
Commented by convenientF at 2008-06-04 11:15
>今の子どもには絶対に味わえない気分だと思っています。

野球でも他校へ出向いての試合ではカラコロと盛大に音を響かせ、試合が終わったらまた履き替えてカラコロ。
未舗装の郊外ではなく、完全舗装の中心部に住むことの喜びを感じていました。
理由はまったくわかりませんが....
Commented at 2008-06-04 11:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by gakis-room at 2008-06-04 18:33
CFさん,
あのカラコロはなんなんでしょう。わざわざ音の出る歩き方をしたもんです。丸刈りを長髪にしたときも,初めてタバコを吸ったときも,酒を飲んだときもあんな気分にはなれませんでした。
Commented by gakis-room at 2008-06-04 18:38
鍵コメさん,
老舗企業だけではないに思います。永田町あたりにも団体で居たりして…。

「内気で外股」の後には「教養も足りないが,栄養も足りない」と続くんです。まあ,しばらくはお蔵入りです,残念。


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