2007年 12月 17日
上弦の月に違いない
d0006690_2153721.jpg電車を降りると,濃いめの黄色を帯びた上弦の月がきれいでした。それを見ながら帰ってきました。

歩きながら,突然に,阿倍仲麻呂を思い出しました。彼が望郷の念を込めて詠んだとされる
  天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも
の月はどのような月だったのでしょうか。そして,季節は?

満月,三日月,上・下弦の月。果たすことのできない情念を韓国では「恨(ハン)」といいますが,願いながら果たせない帰郷の情念はまさしく「ハン」です。

そうであるならば,満月では明るすぎる,三日月では帰郷の情念も凍ってしまう,下弦の月は深夜か夜明けにしか見られないから,上弦の月だったに違いない,と勝手なことを考えてみたりしました。

季節については思いやる前に,自宅に着いてしまいました。
写真の月がくっきりとした上弦になっていないのは,手ぶれと酔いの故です。
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by gakis-room | 2007-12-17 21:54 | つれづれに | Trackback | Comments(8)
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Commented by ume at 2007-12-18 00:02 x
吉田拓郎の唄で「旅の宿」という唄がありますが、その中の一節に、
「上弦の月だったね ひとつ俳句でも ひねって」があります。
何故「上弦の月」なのか不思議に思っていました・・・  なるほどです。「手ぶれ」も「酔い」も「狙わなかった」いい効果がででています。
 当地はここしばらく月の見えない日が続いています。
Commented by 高麗山 at 2007-12-18 00:30 x

 天の里ふらつき歩けば青垣の竜王の山にいでし月かも

                             高 麗 山
Commented by gakis-room at 2007-12-18 07:25
umeさん,
吉田拓郎の「旅の宿」で私が不思議に思うのは,出だしの「浴衣の君は ススキのかんざし」の部分です。ススキの頃に浴衣では少し寒いんじゃないかとよけいな心配をしてしまいます。そして,「熱燗とっくりの首」をつまむなんておじん臭いや,1970年代初期の若者はビールだよね,とも思ってしまいます(笑い)。
Commented by gakis-room at 2007-12-18 07:28
高麗山さん,
あはは,分かる人には分かるもじりですね。拍手!
Commented by next-kazemachi at 2007-12-18 21:24
仲麻呂は、結局帰れなかったわけですから、遠き過去に見た月と、今異国で見る月とを重ねたのですよね。
煌々とした月や冴えた月なら、痛さが先立ってこのような甘い雰囲気の歌は詠めなかったと思います。
少し丸みを帯びた上弦の月で、しかも弦も弧も輪郭をにじませた月がイメージされますね。
にじんでいたのは、涙のせいかもしれないけれど、そうでなければ春の朧がふさわしいような気もします。
まだ風の冷たい浅い春の宵がいいかな。
秋や冬では、淋しすぎるような気がするのですが。
Commented by gakis-room at 2007-12-19 09:23
next-kazemachiさん,
私も「まだ風の冷たい浅い春の宵」説に賛成です。ひとり,高楼で大和の方角を眺め続ける,そんな感じでしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2007-12-19 10:58
なんだかこの歌の解釈について読んだ気がします。仲麻呂は異国の月を見ながら詠んでいるのですが三笠の山にいでし月は、かつてそういう月を見たことだったなあ!と詠嘆しているのだそうです。いでし、の「し」の意味、「かつて~したことがある」だったか。
池田俊二「日本語を知らない俳人たち」(PHP)でした。http://pinhukuro.exblog.jp/3491253に書きました。でも上弦だったかどうかの答えとは関係ないですね。
かつて女性の元を立ち去るときに見た月を思い出している?邪推ですね。
Commented by gakis-room at 2007-12-19 14:18
saheiziさん,
06年後月23日の記事を読みました。長安ではなく蘇州で詠ったのですね。知りませんでした。女性の元を立ち去るときに見た月であれば,宵ではなく夜明けと言うことになりますね。


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