2007年 01月 29日
素人とプロの差・東国原知事と柳沢厚生労働大臣との違い
そのまんま東氏,つまりは東国原宮崎県知事の「政治学」には好感がもてます。断片的に伝わる選挙中の彼の演説からは,付託する県民と付託された政治家との関係を理解しているように見えました。彼は80項目のマニフェストを掲げて,言っていました,「宮崎県は変わらなければならない,いや,変えなければならない。変えるのは宮崎県民だ」と。

タレントであった(過去形です)彼は,故郷の宮崎弁を織り交ぜて県民の理解を求めました。それは1つの政治的手法なのでしょうが,高見から発言することはなかったようです。一昨日も,理髪店の店主のアドバイスを遮って「ハゲを隠してはいかん」としていたのには微笑んでしまいました。

1人のプロの政治家は,聴衆が理解しやすいようにと,かみ砕いて次のようにいいました。
…(15歳から50歳までのの女性の数はもう決まっているから)後は,産む機械っちゃあ〜なんだけども,装置がですね,もう数が決まっちゃったと,その機械の数,機械っちぁなんだかもしれないけれども,そういうのがきまっちゃったということになると,後は,ひとつの,ま,機械って言ってごめんなさいね。別にその産む役目の人がひとりアタマでがっばってもらうしかないんですよ,皆さん。…

柳沢厚生労働大臣の発言には,3つの問題点があります。
①女性を機械・装置扱いしたこと
②厚生労働大臣として少子化問題はこの程度にしか理解できていないこと
このことについては,メディアがすでに指摘しています。

私がこの政治家はダメだと思ったのは,発言後の彼の釈明です。今朝の朝日新聞によれば女性への差別的な意識はまったくなく,「人口推計の話をしたと時,(聴衆が)よく分からないようだつたので例えて言った」とのことです。私がダメだとするのは,女性軽視以上に,このような例え話をしなければ理解できないとする彼の「聴衆認識」です。そこには,高見から聴衆,つまりは国民を見下している姿勢が伺えます。あえて言えば,バカな国民に分かりやすい例えをしただけだ,と言うものです。

当選8回を数え,厚生労働大臣以前には党税制調査会長 ,金融担当大臣 ,国務大(国土庁長官)などを歴任したプロには,付託する者と付託された者の関係,つまりは代議制民主主義の原理がわかっていません。これが3つ目の問題点です。
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by gakis-room | 2007-01-29 12:28 | つれづれに | Comments(8)
Commented by 高麗山 at 2007-01-29 23:50 x
柳沢厚生労働大臣の発言は悪質です。
意識した発言によって、聴衆の反応を見る。 不都合な反応が出た場合は、即座に話しを訂正したり方向を変える。
「臨感話法」と言って、相手の能力や、反応を試す実にイヤらしい話法だそうです。
根底的には、官僚時代に鍛え上げた手法と頭なのでしょう。
Commented by Count_Basie_Band at 2007-01-30 09:24
高麗山様

>根底的には、官僚時代に鍛え上げた手法と頭なのでしょう。

「東大法学部→大蔵省」の典型であり、限界でしょうね。

gakis-room様の仰る

>付託する者と付託された者の関係,つまりは代議制民主主義の原理がわかっていません。

の理解を求めること自体、無理でしょう。それだけの知能と教養がないのですから。
まして「少子化は国土と資源にバランスする人口に戻ろうとしている日本民族の生理現象であること」は、柳沢より無学無教養な他の政治家にわかるわけがありません。
Commented by gakis-room at 2007-01-30 10:43
高麗山さん,「臨感話法」という言葉を始めて知りました。相手の反応をうかがいながら話をするといういう手法が一概に悪いとは思いませんが,要は「官僚的頭脳」の卑しさでしょうか。
Commented by gakis-room at 2007-01-30 10:48
Count_Basie_Bandさん,少子化対策を出生率の上昇だけにもとめると言うのでは「産めよ,増やせよ」であって,それは政策ではないと思ってきました。
>「少子化は国土と資源にバランスする人口に戻ろうとしている日本民族の生理現象である」
なるほどねえ,考えてもみませんでした。
Commented by saheizi-inokori at 2007-01-30 14:30
官僚的、というのはそういう意味ではないと思います。品性下劣な官僚によく見られる感性という意味でしょうか?
むしろ太鼓腹の政治家や財界の大物に多いマッチョ的な考え、都なる石原の何某などとツウテイします。
日頃官僚より俺たちの方が頭がいいと、実は劣等感の裏返しのような連中の言いそうな台詞です。
Commented by Count_Basie_Band at 2007-01-30 17:40
企業などの組織、そして民族や国家も「最適」を求めて膨脹したり縮小したりします。ローマ帝国から往年のポルトガル、スペイン、そして近年のロシア⇔ソ連が分かりやすい例と言えるでしょうか。

それを私は「生理現象」と表現したのです。

敗戦時の日本の人口は7千万でした。そのあたりが適正規模のような気がします。
Commented by gakis-room at 2007-01-30 18:09
saheiziさん,私が「官僚的頭脳」といつた意味は,民は何も知らない打朗から,私がかみ砕いて教えてやる,という品性のことをです。あまり適当ではなかったかも知れません。
Commented by gakis-room at 2007-01-30 18:14
Count_Basie_Bandさん,ご説明をありがとうございます。産みの苦しみならぬ,縮みの苦しみというところですね。


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