2006年 10月 30日
越中・井波別院瑞泉寺
d0006690_1823489.jpg瑞泉寺は富山県の砺波平野の南端の南栃(なんと)市にあります。14世紀末に後小松天皇の勅願により,本願寺第5世,綽如(しゃくにょ)の勧進で創建された寺です。

私が瑞泉寺に関心を持ったのはこのような由緒からではありません。この寺の場所は南栃市の井波地区ですが,そこは木彫りの彫刻師の町です。

ある日のテレビで,彫刻師たちが行き詰まるとこの寺にとにもかくにも行くということを知りました。彫刻師たちが自らの技に疑いを持った時,訪れるという寺とはどのような寺なのかみたいと思いました。


d0006690_1824557.jpgひょつとしたら200余年の伝統を持つこの地区の歴代の彫刻師たちの奉納が寺には溢れているかもしれないと思いました。寺には私の期待と違って,そうしたものはありませんでした。

しかし,瑞泉寺は彫刻師たちの原点のようです。1774年,焼失後に再建された時,京都の本願寺から派遣された彫刻師に地元の大工4人がつきます。

その1人であった田村七左衛門は彫刻の技法を本格的に学びます。これが井波彫刻の原点です。以来,井波は木彫り彫刻の町になります。

明治以降には東本願寺,東京築地本願寺,日光東照宮を始め,全国の神社仏閣の彫刻にその技をふるったそうです。井波彫刻は,現在では寺社彫刻から民家の欄間,衝立,獅子頭,置物,パネルへと変化してきました。

寺の前に連なる200メートルあまりの石畳の道の両側に彫刻師たちの工房がたくさん並んでいます。その仕事ぶりを自由に見ることができます。

ここでは,表札もバス停の表示も木彫りです。(10月31日)
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by gakis-room | 2006-10-30 23:45 | つれづれに | Comments(2)
Commented by haruikuyoshi at 2006-10-31 22:01
木の彫刻は年月が経っても味が出てとてもいいですね。
それにしてもこんな複雑な彫刻を彫れるなんてどんな脳みそしてるんでしょう。いつもそう思ってしまうのは私だけ?
日光が出たんで少し雑学です。
現在の「日光」になったのは、観音のすむ浄土のことを補陀洛(ふだらく)と言い。後に字を変えて二荒(ふたら)→読み方を変えて二荒(にこう)→また字を変えて日光(にっこう)になったそうな。
Commented by gakis-room at 2006-10-31 22:32
日光にそのような経緯があったとは知りませんでした。井波彫刻総合会館では1m×11mの一枚板の透かし彫りを見ました。まいった,まいったと圧倒されました。世界最大だそうです。


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