2006年 07月 22日
富田元宮内庁長官メモ・気になる毎日新聞の社説
富田元宮内庁長官の「昭和天皇が靖国神社への参拝をやめたのは,A級戦犯の合祀が原因」とのメモが公表されたことが大きな波紋をよんでいるようですが,私には不可解なことです。

なぜなら,「内閣の助言と責任に基づく」天皇の公的発言はもとより,漏れ出た私的発言はなおさらのこと基本的には問題にすべきでない,というのが「象徴天皇制」の原則であるからです。これは「女性天皇制」あるいは「女系天皇制」について皇室の意見を聞くべきだとの言説に対しても,同じ事です。

天皇の私的発言に右往左往する姿は,私には憲法の原則である「国民主権」がいまだに分かっていないとしか思われなく,嗤ってしまいます。全国紙も同じです。21日の社説で一斉に取り上げていましたが,いずれも「首相の靖国神社参拝」についての持論の補強にしていました。

産経新聞は狼狽していました。「メモでは,昭和天皇は松岡氏と白鳥敏夫元駐伊大使の2人の名前を挙げ,それ以外のA級戦犯の名前は書かれていない」から「メモだけでは,昭和天皇が14人全員のA級戦犯合祀に不快感を示していたとまでは読み取れない」と強弁しています。

その上で「A級戦犯分祀の是非論に利用すべきではない。まして,首相の靖国参拝をめぐる是非論と安易に結びつけるようなことがあってはなるまい」とのべ,「小泉純一郎首相は富田氏のメモに左右されず,国民を代表して堂々と靖国神社に参拝してほしい」と結んでいました。

読売新聞は渡辺会長の意に沿って(?)「靖国神社には,宗教法人としての自由な宗教活動を認める。他方で,国立追悼施設の建立,あるいは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充などの方法を考えていく。『靖国問題』の解決には,そうした選択肢しかないのではないか」とと結論づけていました。

朝日新聞はメモを持論の補強にして,「だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく,日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している」と読売新聞と同じ結論でした。

ことのついでに産経新聞批判を批判しているのがおもしろいと思いました。
「昭和天皇が靖国参拝をやめたのは合祀が原因ではないとする主張が最近,合祀を支持する立場から相次いでいた」 「75年に三木武夫首相が私人として靖国参拝をしたことを機に,天皇の参拝が公的か私的かが問題になったとして,『天皇の参拝が途絶えたのは,これらが関係しているとみるべきだろう』(昨年8月の産経新聞の社説)という考えだ。こうした主張にはもともと無理があったが,今回わかった昭和天皇の発言は,議論に決着をつけるものだ」

さて,毎日新聞です。
メモを前提にして,「戦没者に感謝と哀悼の誠をささげるための施設として議論の余地がないなら,なぜ内外で大きな論議を呼ぶのだろうか。その最大の原因は,A級戦犯合祀にある。その事実を冷静に考えるならば,いまの状態で首相が靖国神社に参拝するのは,やはり適切ではない」と首相参拝を批判しています。

毎日新聞で気になったのは以下の2点です,

①「戦前の靖国神社は,国民が戦死者をとむらう宗教施設ではなかった。天皇が,天皇のために戦死した軍人たちの栄誉をたたえる顕彰施設だった。戦死者の遺族は「息子が天子様のお役に立てた」という論理で悲しみを癒やされる建前だった。だから天皇による親拝は靖国神社の本質だったのである」

「靖国神社=非宗教施設・顕彰施設説」を,私はこれまで知りませんでした。これは,私にとっていずれはっきりさせなければならない問題です。


②「中曽根康弘氏は首相として1985年に靖国神社を公式参拝したが,中国の批判を受け翌年の参拝を断念した。この時,富田元長官は『靖国の問題などの処置はきわめて適切であった,よくやった,そういう気持ちを伝えなさい,と陛下から言われております』という電話を,首相官邸に入れた(岩見隆夫「陛下の御質問」)。昭和天皇は,首相の靖国神社公式参拝にも反対だった」

これが事実なら,これは明らかに「象徴天皇」の分際を逸脱しています。岩見隆夫氏は,論説委員,編集局次長を歴任して,現在は毎日新聞東京本社編集局顧問(政治担当)です。「陛下の御質問」を読んでいませんから,断定はできませんが,岩見氏と毎日新聞の憲法感覚を疑ってしまいます。
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by gakis-room | 2006-07-22 19:50 | つれづれに | Comments(6)
Commented by 高麗山 at 2006-07-22 23:59 x
神道関係法令の廃止に伴って、靖国は他の宗教諸派、新興宗教団体と、どうして、同じ道を歩んだのでしょうね?本来の、”東京招魂社”で存続させていれば、趣旨もある程度理解されたのでは? 現に、護国神社は、あまり批判の対象にはなりません。 もう一つ、極東裁判(現在は、東京裁判)は、国際的に、認知されているのでしょうか?もし、認知されているとすれば、私の、解釈では、A級戦犯も刑死によって、罪を償ったと解釈する私なのですが。間違いでしょうか? 「帝銀事件」の、平沢死刑囚が、小菅の拘置所を病死して出る時も、棺の上に冷たく、手錠が置かれていたことを、鮮明に記憶している私です!決して、日本の過去の過ちを礼賛するのではありません。
Commented by saheizi-inokori at 2006-07-23 09:24
なるほど!いつも冷静なコメントありがとうございます。言われて見れば当然なのにいつのまにか・・。天皇制の根っこの力にひきずられているのでしょうか?
Commented by gakis-room at 2006-07-23 17:01
高麗山さん,私には「東京招魂社」で存続させていたとしても同じだったと思われます。最初から天皇が参拝し,陸海軍が管轄した「東京招魂社」=靖国神社と,これををモデルにして作られましたが,しかし,内務省が管轄し,せいぜい知事あたりが参拝した地方の護国神社とではやはり質が違うように思います。
また,A級戦犯すべてが処刑されたわけではありません。公判中に病死した者,処刑前に病死した者もいます。いずれにせよ,私には,罪を償うことと神として畏敬の対象にすることとはやはり違うように思われます。
Commented by gakis-room at 2006-07-23 17:14
saheiziさん,「メモ」を政治的に利用すべきではない,と言う点では共通しながらも,A級戦犯分祀論者は「天皇の意志は重い」を言外に匂わせ,靖国神社参拝推進論者は「メモは全体の一部分でしかなく,天皇はA級戦犯合祀に反対はしていない」との立論に躍起になるのだろうと思われます。いずれも「天皇の存在が重い」とする点でも共通しています。
Commented by saheizi-inokori at 2006-07-23 21:57
そうなんですよね。天皇制の根っこの力、呪縛とでも言うものにどっちもひきずられる。
Commented by gakis-room at 2006-07-24 09:33
この国の天皇制なんて,たかだか100年余でしかないのに,基層にずっしりと堆積してしまっています。まったく,もう。


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