2006年 07月 04日
犯罪と実名報道・2
言うまでもないことですが,斉間 満氏あるいは南海日日新聞の匿名報道は単に犯罪の容疑者の名前を伏せるというものではありません。報道のあり方への本質的な問題提起があります。「知る権利はプライバシーを越えるものではない」との前提から,「すべてのことは匿名から出発すべき」を原点ではないかとの問いかけです。

毎日新聞を例外として,日本の報道は,記事の発信者はいつも匿名です。つまり,ほとんどの記事はいつも無署名です。最終的には「○○新聞社」あるいは「編集(局)長」が責任を負うというのでしょうが,直接的な記事の主体は匿名です。

韓国のラジオ,テレビニュースでは,現場からの中継では必ず氏名を名乗ります。朝鮮日報のインターネット版はすべての記事が記者の署名入りです。日本のマスコミ,とりわけ新聞はしばしば「社会の木鐸」,「公器」を自負します。しかし,記者が使命感故の緊張感をなくしたとき,「天に変わって制裁する」という傲慢さへは一直線です。

匿名を前提とした発信がしばしば救いようのない頽廃をもたらすことは,インターネットの「書き込み」を見れば十分です。「松本サリン事件」の教訓はどのように生かされているのでしょうか。まだまだ私の揺れ動きは終わりそうにもありません。
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by gakis-room | 2006-07-04 19:44 | つれづれに | Comments(4)
Commented by 高麗さん at 2006-07-04 22:44 x
取材は傲慢、詫びは極少、スモークガラス越しには、感度をあげても、容疑者の顔を曝す、手錠姿にはボカシヲ掛ける。商業新聞の正義と、真意を本当に知りたい日々です!
Commented by saheizi-inokori at 2006-07-05 10:53
よく何かの事件を報道して「このような、~に対しては批判の声が広がりそうだ」みたいなコメントとも事実ともつかないような文章がくっつくことがあります。記者のそこはかとない希望的観測かもしれません。なんだかひ弱なインチキ臭いものを感じます。群集の後ろのほうから「そーだそーだ」と声だけ張り上げているような。
Commented by gakis-room at 2006-07-05 21:36
高麗さん,「商業新聞」とは久しく聞かなかった懐かしい言葉です。マスメディアのいう「正義」も案外突き詰められた哲学をもってはいない,薄っぺらなものではないかと最近では思っています。
Commented by gakis-room at 2006-07-05 21:43
saheiziさん,「世間とはアンタのことだ」といったのは太宰治だったでしょうか。最近はもっと大胆に「世間」ではなく「国民」に名を借りて「おのれの感想」を言うことが多すぎるように思います。


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