2006年 07月 02日
先程,1年の半分が終わりました
きょうの正午がちょうど1年の折り返し点でした。それで,この半年を振り返ってみました。まあ,概して「1日を機嫌よう過ごす」ことができたようです。

「1日を機嫌よう過ごす」とは,惜しまれなから若くして夭折した桂枝雀の言葉だったと思います。私がこの言葉を知ったのは,彼が小米から枝雀になってまもなくの頃のだったと思いますから,ずいぶん昔のことです。「1日を機嫌よう過ごす」ために悪戦苦闘を繰り返していた桂枝雀の言葉だけにとても印象的でした。

以来,私の好きな言葉になりました。しかし,私の半年が,概して「1日を機嫌よう過ごす」ことができたのは,桂枝雀のように芸を極める必死の努力とは遠くかけ離れていて,ただ,人との接触が極端にすくなくなったから,つまりは人事に煩わされることがなくなっただけのようです。

私の場合,この半年間での気掛かりといえば,「ブロクを毎日更新する」と密かに願ってみましたが,4日ほどそれができなかったことぐらいですから,私の場合は「機嫌よう」というよりも「なんとなく」過ごしてきたというだけのことかもしれません。
[PR]

by gakis-room | 2006-07-02 12:02 | つれづれに | Comments(4)
Commented by haruikuyoshi at 2006-07-02 12:57
こんにちは。
現代では「なんとなく過ごす」ことが「何もしないで過ごす」というように感じられますよね。私の場合なんとなく過ごせる心の余裕がないのかいつもあせって過ごしているような気がします。
ブログの更新も私の履歴を見てみればお分かりと思いますが極端に更新が減っています。気にせず「なんとなく」ゆきましょうよ。笑
Commented by 高麗さん at 2006-07-02 14:48 x
意外や、意外! 餓鬼さんに関西弁のイントネーションが相応しいようには、どう思い改めてもイメージできないのですが! 美しき、誤解でしょうか?
Commented by gakis-room at 2006-07-02 17:25
haruikuyoshiさん,私の場合は,リタイア後のきままな生活という特殊性からなのかもしれませんね。
Commented by gakis-room at 2006-07-02 17:37
高麗さん,名古屋に生まれて,18歳まで名古屋育ち,なのに名古屋弁が使えません。学生時代に無理矢理まねた関西弁,それを私は「関西学生弁」と密かに名付けていました。奈良に住んで40年,いっこうに奈良弁も私の中に浸透して来ません。言葉の無国籍,というよりもgaki弁しか使えない。だからでしょうか,方言には惹かれるものがありますね,たとえその上っ面を聞いているだけにせよ。


<< 犯罪と実名報道      金英男氏の失踪地点と周辺の地図 >>