2006年 06月 26日
「神社参拝とは何か」を欠いたふたつの所論
小泉首相の就任1年目の01年8月13日の靖国神社参拝を巡り,日韓の戦没者遺族ら278人が「政教分離を定めた憲法に違反し,精神的苦痛を受けた」として,小泉首相と国と靖国神社を相手に1人1万円の慰謝料などを求めた訴訟の上告審で,最高裁第2小法廷は,23日,原告の訴えを棄却しました。

判決では,「他人が神社に参拝する行為により,宗教上の感情が害され,不快の念を抱いたとしても,ただちに損害賠償を求めることは出来ない」としています。また,原告が求めた参拝の違憲確認についても「確認の利益がない」として参拝が政教分離に違反するかどうかの憲法判断はせず,参拝が公的か私的かについても触れませんでした。

これで原告側の敗訴が確定しました。首相の靖国参拝を巡る訴訟でははじめての最高裁判決で,損害賠償請求については憲法判断を回避する,が今後の判例になりそうです。

首相の靖国神社参拝に対して異議申し立てをするための訴訟技術として,「損害賠償を求める」という形をとらざるを得ないのかどうか,私には不明です。そして,私の感覚では最高裁判決に違和感はありません。

しかし,これについての新聞の論調には強い違和感があります。25日の産経新聞の主張(社説)です。見出しは「首相は堂々と昇殿参拝を」です。

「政界では9月の自民党総裁選に向け,いわゆる『A級戦犯』分祀論や靖国神社の非宗教法人化論。無宗教の国立追悼使節の提言など,靖国問題を大きな争点にしようとする動きが活発になっている。靖国神社は遺族らが静かに戦没者を慰霊,追悼する場である。政争の具にすることは避けたい」

ここには3つのウソがあります。1つは,8月15日に靖国神社に行ってみたら分かります。静かに「戦没者を慰霊,追悼する」こととはほどと遠い喧噪さです。なかでもマンガ的なのは遺族でもなんでもない「みんなで靖国参拝をする国会議員連盟」のゾロゾロ参拝です。

2つは,1月9日にも書きましたが,神社参拝とは「祭神」の力を我が身およびこの世界に及ぼすことを祈願することです。靖国参拝でいえば「戦没者を慰霊,追悼する」のではなく,「兵士として死して護国の鬼」と化した「祭神である英霊」の力を我が身およびこの世界に及ぼすことを祈願することです。

3つには,自民党の歴代総裁選で「どんなに反対があっても8月15日に靖国参拝をする」と公約したのは小泉首相ただ一人です。産経新聞は5年前に,総裁候補小泉純一郎をいさめたのでしょうか。

次は25日の朝日新聞の社説です。見出しは「肩すかしの最高裁判決」です。
「政教分離という憲法の大原則について最高裁が判断を避け続ければ『憲法の番人』としての役割を果たせないではないか」とした上で最高裁判決を次のように批判します。

「最高裁は97年,愛媛県が靖国神社に納めた玉串料の公費支出について『宗教活動にあたる』として違憲判決を出した。政府と自治体,参拝と玉串料という違いはあるが,政教分離を厳格に考えれば,靖国参拝についても違憲判決が出てもおかしくない」

ここには,公費支出の違法性の認定問題と精神的苦痛への損害賠償請求との混同があります。玉串料の公費支出の違法性の認定には憲法判断は避けられないでしょうが,靖国参拝による精神的苦痛が損害賠償の対象にになりうるかどうかについては必ずしも憲法判断を必要とするものではありません。

朝日新聞社説のこの混同の所以は不明ですが,論理性を欠いた所論といわざるを得ません。朝日新聞は1月5日の社説で「一般の国民が戦争で亡くなった兵士を弔うために靖国に参る気持ちは理解できる」が,「A級戦犯をまつる靖国神社に首相が参ることに対して」反対する,としています。

産経新聞と朝日新聞に共通するものは,ともに「神社参拝とは何か」についての考察を欠いていることのように思われます。
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by gakis-room | 2006-06-26 11:38 | つれづれに | Comments(10)
Commented by saheizi-inokori at 2006-06-27 11:55
1月の記事も読ませていただきました。神社参拝についてのgakisさんのお考えは共感できます。しかし、それはあなたお一人の考えなのですか?何かそういうことについて触れた文書などご存知でしたら教えてください。祈る。祭る。祀る。拝む・・あまり深く考えないで手を合わせていました。毎朝仏壇に手を合わせますが、その時は両親、祖母(なぜか祖父はなし)、亡妻とその母(これも父がでない)の一人ひとりに心で呼びかけて、子供たちの無事をお願いします。そのことをある人に言ったら「仏壇いは感謝すべきでお願いはいけない」といわれました。でもいまだにお願いしています。
Commented by antsuan at 2006-06-27 14:52
全く同感です。神社は祟りを鎮めるためにあります。もし弔う事にも重きを置くとしたら神宮寺にするという方法も一方ではないかと最近は思い始めました。とにもかくにもA級戦犯を祀らねば祟りを鎮める事など出来はしない訳ですが、これを強く言うと今度は政教分離をやかましく言い出す事でしょう。山折哲雄氏の言う、神と人と仏の時系列的一体論に心酔しています。
Commented by gakis-room at 2006-06-27 16:12
saheizi-inokoriさん,神社参拝の意味については,何か本を読んだ記憶もありませんから,私一人の考えです。仏壇についても同じように考えています。死者はすでに成仏しているのですから,その仏に加護を求めることは残された者としては自然だと思います。しかし,冥福を祈るということはいまだに仏になっていない(浄土に行っていない)ということになりますから,これは葬式の時に引導を渡し損なった僧侶に抗議をしなければ…。
Commented by gakis-room at 2006-06-27 16:22
antsuanさん,コメントありがとうございます。山折哲雄氏については,高名な仏教学者。宗教学者であることは承知していますが,著作についてふれたことはありません。ご指摘の「神と人と仏の時系列的一体論」について書かれた著作をご教示いただけませんでしょうか,お願いいたします。
Commented by antsuan at 2006-06-27 22:58
拙ブログのライフログに載せた「日本文明とは何か パクス・ヤポニカの可能性」をお勧めします。同様に、梅原猛氏も述べていますが日本は世界に類を見ない怨霊文化なのです。
Commented by gakis-room at 2006-06-28 04:05
antsuanさん,どうもありがとうございます。きょうにでも購入しようと思います。梅原猛氏といえば,法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮めるために建立されたとの説でしたね。
Commented by saheizi-inokori at 2006-06-28 10:45
gakisさん、ありがとう。antsuanさんもおっしゃる怨霊文化、丸谷才一も力説してましたね。もし靖国に参ることが戦死者の怨霊を鎮めるためということになると、これは又俄かに物議を醸す話になっていきますね。戦犯は恨みを抱いて死んだ?まだ成仏していない?
Commented by gakis-room at 2006-06-28 21:05
菅原道真の怨霊を鎮めるために天神さんに祭った。では,死んだ兵士の怨霊が暴れないように,これを鎮め続けるために,今も小泉さんは靖国参拝する,これはこれでおもしろいと思いました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-06-29 08:23
新見解?中国に説明?納得するかも、ネ。
Commented by gakis-room at 2006-06-29 16:54
「特にA級戦犯の怨霊が暴れださないために」というのであれば,中国,韓国が納得しても,小泉さんは国内の参拝派からボコボコにされるでしょうね(笑)。


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