2006年 04月 09日
政治家・小沢一郎のしたたかな知恵
混迷を重ねた民主党も小沢一郎を新代表に選出して一段落というところでしょうか。彼は,新執行部の構成にあたって,「メール問題」で辞任した野田国対委員長をのぞいて前原前代表が構成した執行部の全員を再任させました。したたかな知恵のように思われます。

これで,前原代表−野田国対委員長に代表される若手グループの発言は完全に封じ込まれることになりました。小沢民主党になって彼と民主党がどのように変わるのかは不明ですが,私には政治家・小沢一郎の知恵について一つの記憶があります。

彼がどの政党に属していたときのことかは定かではありませんが,彼が初めて韓国を訪問した時のことです。彼は金九(キムク,1876-1949)の墓参をしています。金九は日本の植民地時代の独立運動の中心人物のひとりで,敗戦時,上海にあった大韓民国臨時政府の主席です。

金九は,20歳の時,日本による朝鮮王妃虐殺事件に憤り,日本人の陸軍中尉を殺害し投獄されました。その後脱獄し,しばらく教職に就いていますが,民族運動に参加,やがて上海に設立された大韓民国臨時政府に参画,抗日テロリズムを指導します。

戦後,帰国後は不屈の独立闘士として多くの尊敬を集めましたが,1949年,政敵であった李承晩の放ったとされる軍人に暗殺されました。

こうした金九の墓参をした日本の政治家を私は知りません。日本の植民地時代について百言するよりも,この墓参の意味はとても大きいように思われます。この墓参が彼自身の発想によるものなのか,誰かのアドバイスなのかは知るよしもありませんが,私には政治家・小沢一郎の知恵についての強烈なインパクトとなりました。
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by gakis-room | 2006-04-09 10:37 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
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