2006年 02月 12日
無理に無理を重ねた祝日
昨日は「建国記念の日」でした。「記念日」ではなく「記念の日」であるのは,1966年6月の制定時に,「戦前の紀元節の復活」との批判をかわすためために,建国の「史実」ではなく「事実」を祝うとしたためでした。

それでも,月日を法律では特定できず,「日程は政令で別途定める」とされました。政府は学識経験者等からなる「建国記念日審議会」をもうけ,12月8日に「2月11日が相応」との答申をうけ,翌9日に政令を公布,同日施行となりました。

こうして「建国記念の日」は制定されましたが,制定促進派の願った「紀元節」とはならず,「国民の祝日に関する法律」の中で,「政令で定める日」として唯一月日が特定されていない祝日となりました。

戦前の「紀元節」は神武天皇の即位を祝うものでした。日本書紀によれば,神武天皇の即位は「辛酉年春正月庚辰朔」とあり,旧暦1月1日となります。そこで政府は1872年(明治5年),太政官布告342号で旧暦1月1日を神武天皇即位の日,紀元としました。

しかし,明治政府は翌年から新暦(太陽暦)への改暦を予定していたため,旧暦1月1日に当たる新暦1873年1月29日を神武天皇即位の日と定め,例年祭典を行うこととしました。そして新暦1月29日に祭典を行った後,これを「紀元節」と名付けました。

ところが,新暦になじめない国民の間では,政府が旧正月に当たる日を紀元節として祝ったため,慣れ親しんだ旧正月こそが正しい正月だという解釈が広く行われるようになってしまいます。つまり,旧正月に「紀元節」が吸収されてしまいました。

この国民の反応を見て,これでは新設の「紀元節」が吹っ飛び,しかも国民が新暦を使わなくなるとの危機感を持った政府は,神武天皇即位の日を無理矢理に新暦に換算します。文部省天文局が新暦2月11日という日付を算出し,この日を紀元節として固定しました。

「紀元節」も「建国記念の日」も無理に無理を重ねた祝日というわけです。
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by gakis-room | 2006-02-12 23:01 | つれづれに | Comments(0)


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