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2006年 02月 08日
「汽車ぽっぽ」,戦後に改作された童謡・2
部分的な改作ではなく,全面的に改作されたのは「汽車ぽっぽ」です。オリジナルは1939年4月の「兵隊さんの汽車」で,左側が戦後の1945年12月に改作されたもので,右側がオリジナルです。

「汽車ぽっぽ」          「兵隊さんの汽車」
一、                一、
汽車汽車 ぽっぽぽっぽ       汽車汽車しゅっぽしゅっぽ
しゅっぽしゅっぽしゅぽっぽ    しゅっぽしゅっぽしゅぽっぽ
僕らを乗せて           兵隊さんを乗せて
しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ   しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ
スピードスピード窓の外      僕らも手に手に日の丸の
畑も飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ       旗を振り振り送りましょう
走れ走れ走れ           万歳万歳万歳
鉄橋だ鉄橋だ楽しいな       兵隊さん兵隊さん万々歳

二、               二、
汽車汽車ぽっぽぽっぽ       汽車汽車来る来る
しゅっぽしゅっぽしゅぽっぽ    しゅっぽしゅっぽしゅぽっぽ
汽笛を鳴らし           兵隊さんを乗せて
しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ   しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ
愉快だ愉快だいい眺め       窓からひらひら日の丸の
野原だ林だほら山だ        旗を振ってく兵隊さん
走れ走れ走れ           万歳万歳万歳
トンネルだトンネルだ嬉しいな   兵隊さん兵隊さん万々歳

三、               三、
汽車汽車ぽっぽぽっぽ       汽車汽車行く行く
しゅっぽしゅっぽしゅぽっぽ    しゅっぽしゅっぽしゅぽっぽ
煙を吐いて            兵隊さんを乗せて
しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ   しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ
行こうよ行こうよどこまでも    まだまだひらひら日の丸の
明るい希望が待っている      旗が見えるよ汽車の窓
走れ走れ走れ           万歳万歳万歳
頑張って頑張って走ろうよ     兵隊さん兵隊さん万々歳

位相が車外から車内へと180度転換されていることに驚かされます。また,3番の「明るい希望が待っている」はむりやりな付け足しになっていますが,敗戦直後のひとつの典型でしょうか。以下は改作にまつわるエピソードです。

NHKは1945年の大晦日の番組として「紅白音楽試合」を計画しました。当初は「紅白歌合戦」の名で放送する予定でしたが,GHQへの配慮のため「合戦」から「音楽試合」へと変更されます。

この番組に当時の人気童謡歌手の川田正子(当時11歳)が紅組で出場することになり,「兵隊さんの汽車」を歌うことになりました。しかし,直前にGHQからその歌詞にクレームがつき,12月27日に急遽,改作することになりました。

NHKの職員が,御殿場市に住む作詞者の富原 薫のところまで改作依頼に出かけるという慌しさの中で製作されたということです。

なお,「紅白音楽試合」は1951年に「紅白歌合戦」として再登場しますが,第3回までは正月番組でした。現在のように大晦日に放送されるようになったのは第4回からだそうです。

by gakis-room | 2006-02-08 06:45 | つれづれに | Comments(2)
Commented by 盗人風41 at 2006-02-08 10:18 x
作詞、作曲者は伊豆方面の人が多いようですね?
童謡の根幹は、NHKのように官製ですかね?
Commented by gakis-room at 2006-02-09 03:47
盗人風41さん,コメントありがとうございます。
童謡の根幹が官製かどうかはわかりませんが,時代の意識の反映であることは確かなようです。例えば1941年のサトウハチロウの「めんこい仔馬」の5番は今では歌われませんが以下のようになっています。
五、
明日は市場かお別れか
泣いちゃいけない泣かないぞ
軍馬になって行く日にはオーラ
みんなで万歳してやるぞ
ハイドハイドウしてやるぞ


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