2006年 01月 17日
阪神大震災から11年目
あの日,私は父の葬儀の後始末のために名古屋に帰っていました。2階で寝ていた私は地震によって目覚め,強震がおさまるのを待って,階下で寝ていた母の様子を見に行きました。名古屋の家は被害がありませんでした。

私は東海沖地震だとばかり思っていましたから,余震が過ぎたあと,また2階で眠りにつきました。「関西がひどいことになっている」との娘からの電話で起こされたのが9時過ぎだったように思います。

テレビを付けてからは,ずっとテレビに釘付けでした。確かにひどいと思いましたが,死者6,434人,負傷者4万3,792人,家屋の全壊10万4,906棟,半壊14万4.274棟の大被害になるとは思っても見ませんでした。

その後,今でも「阪神大震災の時に眠り込んでいた父」と娘から冷やかされますが,印象に残っていることが三つあります。一つは被災地の人々がパニックに陥らなかったことです。あの状態のなかでのいわば「理性的な振る舞い」にとても感動しました。

二つ目は,突然現れたボランティアの人々の活躍です。これまでも台風のなどの災害時に,「援助隊」などの例はたくさんありますが,私は今でもあのときがボランティア活動元年だと思っています。震災前の価格でいち早く供給を開始したダイエーにも拍手を送りました。

この二つは,私には「日本の精神的な成熟」のように思われました。しかし,これに比べて政府の対応は緩慢でした。危機管理のマニュアルがなかったと言うよりも,感性の貧しさのように思われます。これが三つ目です。

感性の貧しさは,当時の村山内閣だけでなく,その後の内閣にも共通しているように思われます。日本海側を中心とした豪雪に対して,特に地震,台風に加えて今回の豪雪の被害をも受けている地域への政府の対応が,私にはさっぱり見えて来ません。
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by gakis-room | 2006-01-17 12:17 | つれづれに | Comments(4)
Commented by YUKI-arch at 2006-01-17 19:38 x
コメントありがとうございます。
楽餓鬼さん、いつもブログ楽しませていただいてます。
鴨川の水鳥や不思議な街路樹の写真ですが、どんなカメラを使っておられるのでしょう。
よかったら教えてください。
文章のことは少し恥ずかしい。みなさんの文章から少しずつ盗んで、勉強しています。
これからもよろしくお願いします。
Commented by sayaya at 2006-01-17 23:09 x
まだまだ神戸の町は、復興途中です。至る所で、道路の拡張工事などが行われています。
今日の朝は、いつになく静かな朝だったように思いました。
Commented by gakis-room at 2006-01-18 04:01
YUKI-archさん,カメラはオリンパスのCAMEDIA, 「C-700 Ultra Zoom」を使っています。ある必要があって光学ズーム10倍だけの理由で5年前に購入しました。画素数は211万画素ですから,メリハリの利いた写真にはなりませんが,ブログにはなんとか役立っています。なお,Photoshopで若干の加工をしています。
Commented by gakis-room at 2006-01-18 04:10
sayayaさん,ある統計によると,被災地域の市町内総生産は,93年度を100とした場合,最新の統計がある03年度で95.0だそうです。まだまだ復興途中なんですね。


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