2006年 01月 09日
靖国神社は死者を弔うところなのか
小泉首相は4日の年頭の記者会見で,靖国神社参拝について「一国の首相が,一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧げる。精神の自由,心の問題について,政治が関与することを嫌う言論人,知識人が批判することが理解できない。まして外国政府が介入して,外交問題にしようとする姿勢も理解できない」とこれまでの持論を繰り返しました。

7日のテレビ番組で次期首相の有力候補とされる安倍官房長官も,「国のために戦った方々,そして命を落とされた方々のために祈りを捧げる,ご冥福をお祈りするということは当然」とししています。安倍官房長官に限らず,ポスト小泉をうかがう者は,靖国参拝について,小泉路線を否定する見識と勇気はないように見受けられます。

朝日新聞は5日の社説で「私たちこそ理解できぬ」との見出しで,小泉首相の年頭会見の発言を批判しています。その理由を「一般の国民が戦争で亡くなった兵士を弔うために靖国に参る気持ちは理解できる」が,「A級戦犯をまつる靖国神社に首相が参ることに対して」反対する,としています。

果たして,靖国神社は首相が言うように,「戦没者に感謝と敬意を捧げ」たり,平和を祈念するところなのでしょうか。また,朝日新聞の社説が言うように「戦争で亡くなった兵士を弔うところ」なのでしょうか。

私の理解では,神社参拝とは,その祭神の加護を得たいと祈願する行為です。祭神の力を「私」あるいは「私の考える世界にあまねく及ぼして欲しい」と祈願することです。

日本人は神の加護は全般に及ぶと考えてしまいます。祭神の性格が比較的はっきりしている神社,例えば菅原道真を祭神とする太宰府天満宮でも,学業上達,合格祈願はもちろんのこと,厄除け,無病息災,家内安全,商売繁盛,開運・良縁,はては交通安全,選挙当選,競技必勝… なんでもありです。

しかし,靖国神社の祭神の性格ははっきりしています。天皇の命(めい)によって死んだ兵士たち,つまり「死んで護国の鬼」となつた英霊,神です。そしてその神への参拝=祈願によって得ようとする神の加護は,なんでもありではなく,英霊と同じ道を歩むという決意への加護以外には,私には考えられません。ですからこそ,陸海軍が管轄していました。

千鳥ガ淵戦没者墓苑や沖縄の「平和の礎」との決定的な違いがここにあります。仮にA級戦犯の合祀がなくても,靖国神社は単純に戦没者に感謝と敬意を捧げたり,冥福を祈るところではありません。

d0006690_16123673.jpgしかし,靖国神社にも敵味方の区別なく戦死者を祀るという考え方がない訳ではありません。靖国神社敷地内に「鎮霊社」という小さな祠が1965年に造られ,そこには靖国神社本殿に祀られていない日本人戦死者の霊と世界各国すべての戦死者の霊が祀られているとされています。しかし,そのたたずまいは靖国神社の性格をなんら変えるものではありません。
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by gakis-room | 2006-01-09 16:23 | つれづれに | Comments(2)
Commented by YUKI-arch at 2006-01-10 10:02 x
gaki さん、遊就館を直接見てはいないので、間接知識ですが、
「戦争礼賛の軍事博物館」であると私も認識しております。
「誰だって戦争はがイヤだ」というのはうそです。
戦争をやりたい人間がいる。やりたい集団があって、戦争が起きます。
嫌悪感をおさえて、きちっと見ておく必要があると感じました。
コメントありがとうございます。
Commented by gakis-room at 2006-01-10 17:26
コメントありがとうございます。
小泉首相の昨年の参拝のニュースを見て,この人偉そうなこと言っているけれど,神社参拝の仕方を知らないな,と思いました。


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