2017年 01月 30日
京都の三珍鳥居・番外その8,菅大臣神社の屋根付きの鳥居
※写真はクリックすると拡大します。
d0006690_16382344.jpg菅大臣(かんだいじん)神社の屋根付きの鳥居です。

菅大臣とは菅原道真のことです。菅原道真を祭神とする神社は,京都ではなんといっても北野天満宮です。北野天満宮に比べると実にこじんまりとした小さな神社です。

この地は菅原道真の屋敷跡,菅家廊下(かんけろうか)と称する学問所の跡,生誕の地と伝えられています。

神社へは3方向から入ることができますが,こちらが正面でしょうか,西(西洞院通)からの入り口です。

鳥居に架けられた扁額の子とを神額といいますが,その神額を覆うように屋根が付いています。

d0006690_16383696.jpg昨日の御金神社の鳥居にも屋根が付いて今したが,こちらのように高くはありません。御金神社のように低い屋根付きの鳥居は他に三宅八幡宮,水火天満宮,御所八幡宮でも見られます。

なお,番外その3の車折神社の場合は笠木自体が屋根になっていました。

d0006690_16385985.jpg本殿前の三の鳥居です。こちらは低い屋根です。

d0006690_16392265.jpg北から(仏光寺通)の入り口の鳥居です。こちらも低い屋根です。

d0006690_16394363.jpg三の鳥居の脇にある「飛梅(とびうめ)」です。まだ咲いてはいませんでした。

道真は太宰府へ左遷されるに当たり,歌を詠みます。
    東風吹かばにほひおこせよ梅の花
      主なしとて春なわすれそ

【飛梅伝説】
左遷された道真を慕う庭木たちのうち,桜は悲しみのあまり,みるみるうちに葉を落とし,ついには枯れてしまったという。梅と松は,道真の後を追いたいとの強い気持から空を飛んだ。ところが松は途中で力尽きて,摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町)近くの丘に降り立ち,その地に根を下ろした(これを飛松伝説と言い,その地「飛松岡」と呼ぶ)。ひとり残った梅だけは,見事その日一夜のうちに主人の暮らす大宰府まで飛んでゆき,その地に降り立ったという。

d0006690_1640356.jpg手水舎の臥牛象です。

【菅原道真と牛】
菅原道真と牛については以下言い伝えがあります。

1 道真の誕生日・承和12年6月25日(845年)や,死去
  日・延喜3年2月25日(903年)が丑の日だった。
2 道真が大宰府に落ちてゆく途中で刺客に命を狙われた
  時,都の屋敷で愛育していた白牛に助けられた。
3 「車を牛に引かせて,牛の行くままに任せて,牛の止
  まった所に葬ってくれ」との道真の遺言に従って墓所
  (大宰府天満宮)は定められた。

d0006690_16404064.jpg本殿です。もとは下鴨神社の本殿でしたが,1869年(明治2)に移築されました。

なお,この神社の北の道路(仏光寺通)を超えた所に,道真の父是善を祭神とする北菅大臣神社があります。

京都には菅原道真にゆかりの深い25社を順拝する「洛陽天満宮二十五社」があり,それによると1番が菅大臣神社で,2番が北菅大臣神社,北野天満宮は9番です。

また,京都から九州の太宰府までの由緒深い天満宮を順拝する「菅公聖蹟二十五拝」もあります。


菅大臣神社
京都市下京区仏光寺通新町西入菅大臣町187-1


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by gakis-room | 2017-01-30 18:00 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
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