2016年 12月 04日
休暇村・紀州加太に行ってきました,例の会・2016
※写真はクリックすると拡大します。
d0006690_1771158.jpg今年の「例の会」は11月28・29日と和歌山県の休暇村・紀州加太行でした。全ての部屋からだけでなく浴場からも海が見えるとのことで,「海に溶け込む夕日を見よう」というわけです。

休暇村は1996年にそれまでの「国民休暇村」が改称されたものです。いくつかの休暇村がリニューアルされたようで,休暇村・紀州加太もそのひとつです。丘の上にある建物です。左が紀伊水道になります。

d0006690_1773844.jpgしかし,あいにくの曇り空で,入り日を見ることはできませんでした。

右に半分見える島が地ノ島,その奥が沖ノ島,遠方の山陰は淡路島です。沖ノ島には明治時代に外国艦隊の大阪湾への進入を防ぐ目的で,島内5箇所に砲台が作られ,要塞施設として一般人の立入は禁止されていました。

実はこの島の砲台跡も見学予定でしたが,海の荒れもありやむなく中止となりました。砲台跡の見学も入り日もなくなり,残念でしたが,まあ,夜の宴がまあ主目的ですから。

d0006690_1792959.jpg翌日29日の最初は淡嶋神社です。全国にある淡島(嶋)神社・粟島神社・淡路神社の総本社と言うよりも,人形供養の神社として有名です。

d0006690_1795260.jpg本殿内はもとより,その周囲には供養のために納められた無数の雛人形や市松人形が並べられています。

祭壇横に置かれたひな人形です。右端は日本最大の雛人形とかで,明治38年作とのことです。背丈は70センチはあったでしようか。女雛の袂が大きく前に垂れている珍しい形です。

d0006690_17102093.jpg淡嶋神社の後は和歌山城です。

1586年,豊臣秀吉の弟豊臣秀長による築城です。その後,浅野氏を経て,1619年からは徳川御三家の紀伊徳川家のきょじようとなりました。江戸城大奥はよく知られていますが,ここ和歌山城と名古屋城にも多くはあったようです。正妻は江戸詰ではなかったのでしょうか。

手前の屋根付きの橋は藩主の居住空間である二の丸と西の丸庭園を結ぶ橋で「御橋廊下」と呼ばれています。藩主が移動するのを隠すために壁付になっています。

d0006690_1711273.jpg「紅葉渓庭園」の通名で呼ばれている西の丸庭園にある釣殿の「鳶魚閣(えんぎょかく)」です。戦後に火災で焼失し,1973年(昭和48年)の再建です。

d0006690_17112638.jpg昼食はここで済ませました。市場で求めた物を海の見える食堂(?)まで運んで食べるのですが,私は「マグロラーメン」でした。唐揚げのマグロが入ったラーメンでしたが,どうと言うことはありませんでした。
[PR]

by gakis-room | 2016-12-04 18:20 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://gakisroom.exblog.jp/tb/23689155
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 花がいっぱい,ストレプトカーパ...      1つ1つは5ミリほどの花です,... >>