2016年 09月 18日
85年前のきょう,満州事変がはじまりました
85年前のきよう,1931年9月18日に柳条湖事件が起こりました。柳条湖事件とは,日露戦争によつてロシアから支配権を得ていた南満州鉄道の線路が「中国軍によって爆破された」ことへの報復として,関東軍(といっても100人ほどですが)が中国軍「北大営」に攻め込んで,これを占領した事件です。事件は関東軍の謀略でしたが,事件を口実に関東軍はさらにいくつかの地を占領します。21日には朝鮮駐さつ軍も独断で越境してこれに加わります。こうして事件は満州事変へと拡大します。

満州事変から,1937年7月7日の盧溝橋事件に端を発する日中全面戦争を挟んで1945年8月までを「十五年戦争」としますが,その「十五年戦争」の始まりが85年前のきょうです。

時としてふりかえっておきたい出来事,忘れないでおきたい出来事はいくつかありますが,中国との関わりでは,さしあたり以下の3つでしょうか。
  1894年7月25日  豊島沖海戦  これを機に8月1日に日本は清国に宣戦布告する
  1931年9月18日  柳条湖事件  満州事変へと拡大する
  1937年7月7日   盧溝橋事件  日中全面戦争へ

1931年,すでにこの年の1月頃からは松岡洋右あたりが言い出した「満蒙は日本の生命線」なるスローガンが闊歩を始めていました。満州事変はこの対外政策の実現のための武力行使でもありました。

   満蒙 「満」は満州,現在の中国東北部のこと,「蒙」はモンゴルのことであるが,現在のモンゴル共和国の
       ことではなく,現在の中国内モンゴル自治区の東部をさす。

「満蒙は日本の生命線」なる外交政策はあからさまな対外侵略以外の何ものでもありませんが,この「満蒙は日本の生命線」なるスローガンとの弁解版が「対米戦争は自営のための戦争であった」との言い分のように思われます

「国益」とか,「反日」とか,さらには「毅然とした外交」とかの言葉を聞くたびに,「満蒙は日本の生命線」を思い出します。
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by gakis-room | 2016-09-18 18:30 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
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