2014年 12月 08日
73年目の12月8日
12月8日,アメリカとイギリスに対する開戦から73年目です。真珠湾への奇襲によってアメリカの太平洋艦隊を無化して,東南アジアへの進出・占領するとの目論見はどのような算段からだったのでしようか。対米英戦争は,アメリカ,イギリスだけでなく,日本の交戦国はこの日のうちにオーストラリア,ニュージーランド,カナダ,南アフリカ連邦など11カ国に及びました。12月20日までに,オランダ,ベルギーなど6カ国も加わりました。対アメリカとの国力の圧倒的な差だけでなく,こうしたことも折り込みずみだったのでしょうか。

きょうの読売,朝日,毎日,日経,産経の社説は「12月8日」には何も触れていませんでした。ただ東京新聞(中日新聞)だけが,「開戦73年と外交・安保 非戦の歩み、将来も」と主張しています。

社説では何も触れていませんでしたが,毎日新聞はこれまで2回,断続的に連載してきた「数字は証言する〜データで見る太平洋戦争」のきょうが第3回目で,タイトルは「真珠湾攻撃は米国を砕いたか? 国力4分の1 日本の大ばくち」です。

それによると,開戦の4か月前に,「日米開戦は不可能」と模擬内閣が分析・シュミレーションをしていたとのことです。しかし,東條陸将は精神論でこれを一蹴したようです。以下はその部分です。

内閣直属の「総力戦研究所」(1941年4月設立)は「模擬内閣」を組閣し、机上演習を行っている。「閣僚」に就任したのは平均年齢33歳の研究員36人。いずれも中央省庁、陸海軍、日銀、民間、報道機関などの将来の幹部候補で、それぞれが出身母体のデータを活用するなどし、日本が石油獲得のために南進した場合の国家レベルでの影響をシミュレートした。

その結果、対米関係は悪化するが、国力的に開戦は不可能――との「閣議決定」を下す。それでも対米戦に踏み切った場合は「船舶被害増大によりシーレーン崩壊」「長期戦になり石油備蓄消耗」「中南米諸国との外交途絶」などに至ると判定。最終的には「ソ連が米国と連携し、対ソ関係が悪化」し、模擬内閣は「総辞職」した。

1941年8月、東京・永田町の首相官邸大広間。近衛文麿首相をはじめとする閣僚らに、研究員たちは「閣議報告」を行った。ストレートな表現は避けられたが、結論は明白だった。終始熱心にメモをとっていた東条英機陸相は発言したという。「日露戦争で勝てるとは思わなかった。しかし、勝ったのであります。戦というものは、計画通りにいかない」。そう強調しながら、最後に付け加えた。

「なお、この机上演習の経過を、諸君は軽はずみに口外してはならぬ」



靖国参拝に関連して,「国のために尊い命を捧げた」とはよく聞く言葉ですが、「無謀な国策によって尊い命を捧げることを強いられた」というのが正しいように思われます。8月15日が追悼の日であるのなら,「12月8日を非戦・不戦の誓いの記念日に」してもよさそうです。
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by gakis-room | 2014-12-08 19:10 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
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Commented by saheizi-inokori at 2014-12-08 22:02
賛成!
自民党が3分の2すらクリアしそうだというのですよ。
泣けてきますね。
Commented by gakis-room at 2014-12-09 07:25
saheiziさん,
どうなっちゃうんでしょうかねえ。
ますます嫌な感じになってきました。


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