2014年 12月 03日
京都の三珍鳥居・その2,伴氏社の鳥居
※写真はクリックすると拡大します。   京都の三珍鳥居・その1

d0006690_23261753.jpg伴氏社(ともうじしゃ)は北野天満宮の三の鳥居の手前左にある小さな社です。北野天満宮は菅原道真を祭神としていますが,その菅原道真の母親の大伴氏を祀っています。明治の初年に作られたようです。

見た目には普通の鳥居ですが,よく見ると「珍」とされる個所が2カ所あります。

d0006690_019373.jpg【珍・その1】
島木(しまぎ)と貫(ぬき)の間の額束(がくづか)は普通は島木の底面に接していますが,ここでは,島木が額束を貫いています。

d0006690_0325290.jpg【珍・その2】
台石(だいいし)の上の亀腹(かめばら)と呼ばれる部分に蓮弁が刻まれ,それが逆さになっています。

d0006690_23271482.jpg以下は北野天満宮の本体です。

【楼門】

扁額には縦に2行で,「文道の大祖」,「風月の本主」と書かれています。

九州に左遷された従二位・右大臣菅原道真は,2年後にその地で歿しました(903年)。その後,都では天変,悪疫が続き,これを人々は菅原道真の怨霊の祟りと噂します。それをおそれた朝廷は,923年に彼の地位を回復しただけでなく,怨霊を鎮めるために947年には北野天満宮を造営します。さらに,993年に正一位,太政大臣を追贈します。怨霊への恐れの大きさが伺い知れます。

d0006690_2328123.jpg【中門】(三光門) [重要文化財]
1607年,豊臣秀頼によって建てられました。額の「天満宮」は後西天皇(在位,1655ー1663)の筆とのことですから,造営後に架けられもののでしょうか。

桃山建築の豪奢な作りで,たくさんの彫刻の中に日月星があることから「三光門」とも呼ばれます。

d0006690_23273970.jpg【本殿】 [国宝]
これも1607年に豊臣秀頼によって立てられました。創建当時のものは1444年に焼失していますから,これは三代目ということでしょうか。

たくさんの人が参拝の順を待って列を作っていました。どんな願い事なのか知る由もありません。あるいは,単に菅原道真への敬慕だったのかもしれません。私は一礼して,撮影で終わりです。

d0006690_1925185.jpg【北野天満宮の黄葉】
本殿の裏の地主社(じしゅしゃ)の屋根に降り積もったイチョウです。地に敷き詰められたイチョウは何度も見ましたが,黄金色の屋根は見事でした。

 地主社  境内で最も古い摂社で,天満宮創建以前
       のもの。遣唐使のために天神地祇を祀っ
       ている。

d0006690_19261152.jpg【もみじ苑の紅葉】
北野天満宮は梅の名所でも有名ですが,カエデの名所でもあります。もみじ苑のカエデはおよそ250本だそうです。

ちょうど見頃ですが,金曜日(11月28日)の午後の人の出は思ったよりも多くありませんでした。

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by gakis-room | 2014-12-03 18:00 | つれづれに | Comments(0)


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