2005年 10月 21日
懐かしい勇者
d0006690_6192894.jpg昨日の朝日新聞の夕刊に「68年のメキシコ五輪陸上男子200㍍の表彰式で,米国の国旗掲揚中に『人種差別に抗議する』として,表彰台でこぶしを突き上げて波紋を呼んだ2人のアフリカ系黒人選手の記念像」が完成し,17日に二人の母校のカリフォルニア州立大学で除幕式が行われたという記事がありました。「像は高さ6㍍。物議を醸したポーズをそのまま再現した」ということです。(写真は当時のもの)

この記事を見て「私は少し違うな」という感想を持ちました。一つは,記事では「米国の国旗掲揚中」とありますが,私の理解では「米国オリンピック選手団の旗」だと思います。アメリカのオリンピック委員会が他の国と同じように米国の国旗を借用しただけのことです。

日本でも「胸に日の丸を付けて」と表現されますが,あれも「日本選手団の旗」のはずです。もし,日本オリンピック委員会がオリンピック憲章の「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での競技者間の競争であり、国家間の競争ではない」に従って,選手団の旗として日の丸を借りず,独自の「選手団の旗」を作る意思と思想があれば,表彰式の時に掲揚される旗は別のものになるはずです。

オリンピックはいつでも政治がらみのようです。2016年のオリンピックに福岡と東京が開催地として立候補する意向のようですが,石原東京都知事はその理由のひとつとして「現在の閉塞感を打破するため」なんて言っていましたが,今後10年以上も閉塞感が続くということを前提する政治家としてのセンスにはうんざりさせられます。

今ひとつは,二人は確かに「波紋」を呼び「物議を醸しだし」ましたが,当時のアメリカはベトナム戦争と黒人の公民権運動に象徴されたようにアメリカの自由と民主主義の内実が問われていた時代です。

「米国国歌」(正確には「選手団の歌」)の演奏中,重圧の中で,唇をかみしめて「国旗」を避け,うつむいて母国に抗議を続けた2人,優勝したスミス選手と3位のカルロス選手は私には勇者に見えました。この後,2人はメダルこそ剥奪されませんでしたが,アメリカ選手団の資格を永久に奪われ,選手村から追放されましたからなおさらのことです。

なお,ついでに言えばメキシコ五輪ではなく,メキシコシティ五輪と言うべきです。オリンピックは国家の開催ではなく都市の開催ですから。
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by gakis-room | 2005-10-21 06:58 | つれづれに | Comments(2)
Commented by sayaya at 2005-10-21 21:44 x
オリンピックというものは、競技の成績以外に、さまざまな伝説?!を残すのですね(^^)
2008年の北京オリンピック。日本と中国の間にさまざまな問題があることから、どうなることやらと、少し気になっています。
Commented by gakis-room at 2005-10-22 05:38
68年のオリンピックでは,日本のサッカーなんと3位でした。入賞はしませんでしたが男子フィールドホッケーも出場しています。男子ホッケーは次のミュンヘン大会でも出場権を得ましたが,エントリーをし忘れて参加できませんでした。以来,男子ホッケーはオリンピックに出場できていません。幻のオリンピックホッケー選手の一人がこの3月まで私の同僚であった体育教員です。


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