2005年 10月 02日
9月30日,大阪高裁は「小泉首相の靖国神社参拝によって精神的苦痛を受けたとして,一人あたり1万円の損害賠償を求め」た控訴審判決で,首相の靖国神社参拝を憲法違反としつつも,原告の求めていた損害賠償については「信教の自由が侵害されたとはいえない」として原告の請求を棄却しました。 今回の大阪高裁の違憲判決は,小泉首相の靖国参拝訴訟について過去の9件の判決のうち04年4月の福岡地裁判決についで2件目,しかも高裁での違憲判決として新聞は大きく取り上げています。朝日新聞も10月2日の社説で「首相が参拝をやめる潮時だ」としています。 私は靖国参拝問題については,「死者を追悼し,平和を祈念する」という小泉首相の弁はまやかしだと思っています。靖国神社は戦争による犠牲者を追悼するところではありません。靖国神社は天皇の命令により戦死した者を讃え,死してなお天皇を守るため英霊として祀っているところです。 ですからそこへの参拝は「死者を追悼し,平和を祈念する」こととは本質的に異なっています。「天皇の命令による戦死を顕彰し,死してなお天皇を守る」ことに賛意を示す人が参拝するところです。従って一国の首相の靖国参拝が先の戦争への美化ととらえられるのは論理的必然です。 ですから私はいわゆるA級戦犯の合祀とか,中国,韓国の批判とかに関係なく,靖国神社の本質からして参拝に対しては否定的です。特に神社内の遊就館(戦争博物館)をみてそう思いました。 にもかかわらず,大阪高裁と朝日新聞の社説には疑問が残りました。大阪高裁判決は,福岡地裁判決もそうですが,傍論として「首相参拝は違憲」と言っているに過ぎません。つまり,「首相の参拝は違憲」は主文(損害賠償の棄却)の根拠になっていません。言い換えれば「首相の参拝が違憲であろうとなかろうと,原告に対する信教の自由の侵害にならない」というのが判決文の論旨です。 大阪高裁が「首相の参拝は違憲」と言うのであれば,度重なる首相の違憲行為による国民の精神的苦痛は当然認められるべきであり,金額の如何にかかわらず損害賠償も認めるべきだと思います。その上で問題を最高裁の判断にゆだねるべきです。勝訴した国は最高裁に上告できず,大阪高裁の傍論は判例にもならないからです。 朝日新聞は社説で,大阪高裁判決の前日に東京高裁が「首相の参拝は公的ではない」と判断したことをあげて「司法の判断がこれだけ分かれた以上,参拝を強行すべきではない」としています。これは筋違いです。朝日新聞が言うべきことは「司法の統一的判断」を求めることのように私には思われます。
by gakis-room
| 2005-10-02 17:38
| つれづれに
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