2013年 04月 28日
「主権回復」よりも「主権を失うに至った歴史」を,4月28日
安倍首相はきょうの「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で「本日を大切な節目とし、これまで私たちがたどった足跡に思いを致しながら、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と述べました。彼にとって「たどった足跡」とはどこまで遡るのでしょうか。

日本が主権を失った日までなのでしょうか。主権を失うに至った歴史への思いはあるのでしょうか。

「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は,またそうした危険に陥りやすいのです」

これは西ドイツ大統領ヴァイツゼッカーがドイツ降伏後40年にあたり,1985年5月8日に連邦議会で行った演説「荒れ野の40年」(1985)の一部です。彼は保守的な政治家でした。ウィキペディアによれば,ニュルンベルグ裁判でナチスドイツの外務次官として「戦争を指導した」「平和に対する罪」の被告となった父親の弁護活動に奔走しただけでなく,この裁判を回想録で「まったく馬鹿げた非難だった。真実をちょうど裏返しにした奇妙な話である」と全面的に否定しているそうです。

しかし,彼にとっての「過去」はナチスの全時代をも含みます。彼は言います。

「5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう,これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには,われわれが真実を求めることが大いに必要とされます」

そして,「ある出来事」とは「戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべ」ることだと言います。また,戦争と暴力によって「人びとが負わされた重荷のうち,最大の部分をになったのは多分,各民族の女性たちだったでしょう」ともいいます。

安倍首相次のように言います。
「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係でどちらから見るかで違う」

ヴァイツゼッカーは言います。
「かつて敵側だった人びとが和睦しようという気になるには,どれほど自分に打ち克たねばならなかったか――このことを忘れて5月8日を思い浮かべることはわれわれには許されません」

これは「歴史認識」の違いと言うよりも「歴史に向かう真摯さ」の違いです。ヴァイツゼッカーのこの真摯さを「自虐史観」と嘲るのは誰でしょうか。ヴァイツゼッカーは1989年5月に対立候補なしで再選されます。これは西ドイツ,統一ドイツの大統領としては唯一の例だそうです。
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by gakis-room | 2013-04-28 18:00 | つれづれに | Trackback | Comments(4)
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Commented by saheizi-inokori at 2013-04-28 21:33
私のブログに載せましたが、東京新聞の安倍の写真、なんと腑抜けの緊張感のない男かと思います。
韓国の脅しに屈しない!ってアホかと思いますね。
ちょっとこっちもぐれたくなりますよ。
Commented by gakis-room at 2013-04-29 08:16
saheiziさん,
今朝の産経新聞に首相の式辞の全文が載っていました。
やはり,彼の思いは8月15日以前には遡らないようです。
歴史に無知なのでなければ,意図的なんですね。
Commented by hisako-baaba at 2013-04-29 10:14
リンクいただいて行きます。
Commented by gakis-room at 2013-04-29 10:45
hisakoさん,
恐縮です。
どうぞ,どうぞ。


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