2012年 07月 08日
きょうは奈良県が設置された日です
1868年7月8日(明治元年5月19日)この日,明治政府は奈良県を設置しました。これが現在の奈良県の始まりです。この時の奈良県には,現在の奈良県南部は五條県(十津川郷を含む)として奈良県には含まれていませんでした。

この奈良県は,同年9月15日(明治元年7月29日)に,奈良府と改称されます。当時,奈良と同じように「府」とされたところは,幕府直轄地のうち奉行が支配した土地や開港した港などで,箱館府・京都府・大阪府・長崎府・江戸府→東京府・越後府→新潟府・度会府・神奈川府・奈良府・甲斐府など10カ所です。

しかし,1869年8月24日(明治2年7月17日)の太政官布告により,東京府・京都府・大阪府以外の府はいずれも県に改められました。この結果,奈良府も奈良県となりました。わずか1年余の「奈良府」でした。現在,奈良県に居住しながら県内ではなく大阪府および京都府へ通勤を行う勤労者(奈良県民のおよそ8分の1)を指す言葉として「奈良府民」という言葉がありますが,この時は正真正銘の「奈良府民」です。

奈良府改め奈良県は1872年1月2日(明治4年11月22日)に第1次府県統合により大和国10県が統合されほぼ現在の奈良県となりました。しかし,奈良県の受難はこの後に始まります。

4年後の1876年(明治9年)4月18日に堺県に編入されてしまいます。さらに堺県は1881年(明治14年)2月7日に大阪府に編入されて,奈良は「大阪府の大和地域」とされました。大阪府の片田舎扱いです。ようやく奈良県が大阪府から分離独立するのは1887年(明治20年)11月4日です。

一昨日の6日は「記念日の記念日」だったそうです。何でも「日本記念日学会」とかが1988年に定めたそうです。それにちなめば
 7月8日  奈良県創設記念日
 11月4日  奈良県独立記念日

となります。

なお,明治政府が太陽暦を採用するのは1876年1月1日(明治6年12月3日)です。前日は旧暦明治5年12月2日でしたから,明治5年12月はたった2日で終わりました。2日で終ったために役人の棒給は支給されなかったようです。さらには旧暦をそのまま使用することになると明治6年には閏6月があって1年が13ヶ月になります。そうすると官史への月給を年間13回支払わなければならなくなるので,「太陽暦」を採用して12回で済むようにしたのだそうです。なんともせこい話です。
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by gakis-room | 2012-07-08 17:45 | つれづれに | Trackback | Comments(4)
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Commented by 高麗山 at 2012-07-08 18:36 x
県外勤務の経験のない私は、『奈良府民』という言葉を
初めて知りました。  そのような言葉の存在も。。。
Commented by gakis-room at 2012-07-08 19:16
高麗山さん,
国政の選挙のときなどに新聞記事になることがあります。
こんな記事がありました。
  http://www2.asahi.com/2004senkyo/localnews/TKY200407100239.html

同様の使い方としては兵庫府民,和歌山府民,滋賀府民,埼玉都民,神奈川都民があるようです。
Commented by saheizi-inokori at 2012-07-08 21:44
宇宙人でいたい^^。
Commented by gakis-room at 2012-07-09 07:43
saheiziさん,
宇宙人ですか,コスモポリタンよりも壮大ですね。


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