2005年 08月 22日
マニフェストへに欠けているもの
それまでの「選挙公約」が「マニフェスト」といわれるようになったのは前回の総選挙からでしょうか。選挙公約がともすれば選挙目当ての言いっぱなし,従って抽象的な言葉の羅列に終始しがちであったのに対して,マニフェストと言い換えることで達成数値目標を掲げ,国民への責任をより明確にしようということのようです。マニフェストが問題にされるようになったことはこの国の政治が確実な成熟してきたことの証のように思われます。

これからの4年間のこの国のあり方が数字目標を含めてはっきりしていた方が,国民として選択しやすいことは言うまでもありません。ワイドショウでも各党のマニフェストの一覧表がよく示されます。選挙公約と呼ぼうがマニフェストと言おうが,それは国民への約束ですから,約束は実行されなくてはなりません。

ですから,未来への約束だけでなく,前回の総選挙で示されたマニフェストがどれだけ実行されたかの検証も必要です。マニフェストで示されたもののうち,実現されたものは何か,実現できなかったものは何かが数字的に示されていいように思われます。特に政権与党にはその責任があるように思われます。野党もまたマニフェストに基づいた法案提出の努力の軌跡を示す必要があります。私の見る限りでは,どの政党もこのことに関心がなさそうです。

また,自民党と公明党は総選挙後も連立を組むことを明言しています。であれば,主要政策について連立与党としての統一マニフェストを国民に示すべきです。「これまでにはなかった政策選択選挙」を自負する小泉首相ですから,なおのことです。しかし統一マニフェストの不在を問う声があまり聞かれないのはなぜでしょうか。
[PR]

by gakis-room | 2005-08-22 08:33 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://gakisroom.exblog.jp/tb/1602442
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 1910年8月22日      知りたい堀江社長の変心と志 >>