2005年 08月 17日
靖国神社で笑ってしまつたこと
靖国神社の中に遊就館という軍事博物館があります。軍事博物館と言っても軍事についてはもちろんのこと兵器についても何も学べません。そこは戦争犠牲者の一部だけを讃え,戦争を美化するためだけの博物館ですから。遊就館のバンフレットは次のように言います。

「近代国家成立のため,我が国の自立自衛のため,更に世界史的に視れば,皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため,避け得なかった多くの戦いがありました。それらの戦いに尊い命を捧げられたのが英霊であり,その英霊の武勲,御遺徳を顕彰し,英霊が歩まれた近代史の真実を明らかにするのが遊就館の持つ使命であります」

「自立自衛」はともかくも,「皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため,避け得なかった多くの戦い」とはどの戦争を指すのか私には不明です。ペリーの来航時には自立自衛が問われたとしても,それ以外にここで言うような戦争を日本は経験していないというのが歴史の真実のように思われます。

ここの数多くの展示品を見て印象に残ったものがひとつあります。それは「英霊に嫁いだ花嫁人形」です。結婚をすることなく死を強いられた青年を死後に結婚させようという残された者の優しさです。無念の死を強いられた者を追慕する残された者の無念さにしみじみと思いをはせざるをえませんでした。「英霊つまり神を人間が結婚させようとする神への冒涜」とは考えていない靖国神社の愚かしさを笑うこととは別のことがらです。
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by gakis-room | 2005-08-17 07:43 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
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Commented by map at 2005-08-17 22:44 x
靖国問題はテレビなどの観点つまり外国からの批判にどう答える問題ではなくわれわれ自身が太平洋戦争の歴史をどのように考えるのかが問われなければならない問題と考えます。特に天皇を神格化するための精神的支えであったことまた、現在でも戦争肯定派の人たちのバックボーンであることを忘れてはならないように思います。ということを先生の記事が思い起こさせてくれました。
Commented by gakis-room at 2005-08-18 06:44
「国のために尊い生命を捧げた」とよく言われますが,私はいつも「国の(大義のない命令に強いられた)ために尊い生命を捧げ(ることを強いられ)た」言うべきだとおもっています。


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