2011年 09月 11日
若冲の五百羅漢と石峰寺・その2
※写真はクリックすると拡大します。

d0006690_1714495.jpg本堂の横の階段の先の裏山に若冲の五百羅漢が置かれています。階段の手前の右に墓地があって,そこに若冲のお墓があります。

d0006690_17135313.jpg若冲のお墓です。後ろの卒塔婆は「若冲忌」につかったもののようです。

右の円筒形に近いの石柱は,若冲の遺言によって建てられた「筆塚」です。


d0006690_17442374.jpg読みにくいですが,「斗米菴若冲居士墓」とあります。若冲は晩年は石峰寺の門前に庵を結んで隠棲(74歳)します。家督を譲った弟が他界して(若冲,76歳)経済的支援がなくなると,画1枚を米一斗で売る暮らしをするようになります。

それで,自らを「斗米庵」,「米斗庵」と名乗ったようです。それで,「斗米菴(庵)若冲居士墓」です。

なお,若冲の墓は「動植綵絵」を寄進した相国寺にもあり,そちらは同じ区画の中に藤原定家,足利義満の墓がならんでるようです。

足利義満は相国寺の開基(創立者)ですが,藤原定家はどのような縁なのでしょうか。とまれ,若冲が開基の足利義満と同列に置かれていることは興味深いことです。









※以下にアップしていた五百羅漢の石仏3葉を削除しました。石峰寺から「五百羅漢の写真撮影は禁止」とのことで削除依頼がありました。撮影禁止とは気がつきませんでした。ご迷惑をおかけいたしました。(2013年2月2日)

【五百羅漢1】
若冲が下絵を描き,石工に彫らせた五百羅漢です。「来迎菩薩」とありました。風雪のためでしょうか。すっかり丸みを帯びています。
1番背の高いもので1メートルくらいです。他はどれも30〜50センチ位でした。

【五百羅漢2】
知っていなければ,若冲の下絵によるものとは思われません。創建時はどの様な姿だったのでしょうか。細密画の名手も晩年には枯れた味わいだったのでしょうか。
しかし,静けさの中ではこれでいいように思われます。

【五百羅漢3】1番奥のものを除けばほとんどが30センチ位です。
「若冲忌」を遠慮して正解でした。私以外には2組の来訪者だけでした。静けさのの中で時折ツクツクボウシの鳴き声が聞こえてきます。


入り口の係の人の話では,秋には紅葉がきれいとか。もう一度,訪れてもよいかなと思いました。

なお,この日は「若冲忌」故に参観料は無料でした。申し訳ないので,参観料相当を賽銭箱に投じました。そして,この日に限って,庫裏では若冲の掛け軸9本を見ることができました。
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by gakis-room | 2011-09-11 18:38 | つれづれに | Comments(4)
Commented by tona at 2011-09-14 20:13 x
若冲の絵が好きですので、お墓も行ってみたいです。
五百羅漢も見てみたいですし。
このお寺を覚えておいていつか出かけてみます。
ありがとうございました。
Commented by gakis-room at 2011-09-15 15:43
tonaさん,
静かな時がいいですね。
小さな裏山ですが,気に入りました。
Commented by 石峰寺 at 2013-02-02 14:20 x
参拝者様から御指摘がありました。当寺は五百羅漢の写真撮影は禁止となっております。写真がアップされておりますので削除お願いします。
Commented by gakis-room at 2013-02-02 15:35
石峰寺様,
写真撮影禁止とは気づきませんでした。申し訳ございません。
写真3葉は削除いたしました。


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