2011年 05月 09日
わずか10ヵ月の寿命,写楽
d0006690_17445498.jpg国立博物館・平成館の特別展「写楽 役者は揃った」展を見たのは5月2日でした。

忘れぬうちに,と思いつつも「黄砂め」とか「恒例(?)の○○月の気温」なんてやっている間に,風邪でダウンしてしまい,きようになりました。

この特別展は,当初は「4月5日〜5月15日」までの開催予定でしたが,東日本大震災のために「5月1日〜6月15日」に変更されました。2日目ということもあってそれなりの混雑でした。

以下の五部構成になっています。
 第1章 写楽以前の役者絵
 第2章 写楽を生み出した蔦屋重三郎
 第3章 写楽の全貌
 第4章 写楽とライバルたち
 第5章 写楽の残影

写楽の作品約170枚だけでなく,同時代の浮世絵画家との対比が多くあり,まさしく「役者は揃った」です。それで私は,「写楽と他の画家達とは違いはここだ」を知りたくて,謎探しをしてみましたが,「目の外側半分が大きめかな」くらいしか分かりませんでした。これとて私の印象でしかありません。

以下のことを知りました。

1 写楽の寿命は10ヵ月でしかなかった
彼は寛政6年(1794年)5月に「役者大首絵」28図でさっそうとデビューすると,たちまち時代の寵児となります。しかし,10ヵ月後には忽然と消えてしまいます。活躍期間が短かったことは知っていましたが,これほどまでに短かったとは意外でした。不思議な画家です。

2 当初の色彩はもっと鮮やかであった
摺り師たちが使った絵の具師は植物性で,退色がしやすいとのことでした。「ベージュ,実は薄紫」という一点の展示がありましたが,「色彩の再現画像」がいくつかあってもいいのにと思いました。当時の人たちはもっと鮮やかな色彩の絵を楽しんだに違いありません。

3 大童山文五郎
当時の人気力士です。とはいえ,土俵では相撲を取ることはなく土俵入り専門です。なぜなら彼は7歳,身長120センチ,体重71キロ。つまりは「奇」を持って集客をしたのでしょう。今流に言えば「人寄せパンダ」。大相撲が八百長問題でもめていた頃,「大相撲は,神事であり,興行であり,スポーツである」なんて盛んに言われていましたが,私は「興行に明治以降にスポーツが加味された」と思っていましたから,「神事」に違和感を持っていました。ほらね,という密かに納得しました。

※写真はクリックすると拡大します。
※昨夜,NHK総合で「浮世絵ミステリー 写楽〜天才絵師の正体を追う〜」を放送していました。私は途中で寝てしまいましたが,5月14日(土)15時40分−16時30分に再放送があります。
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by gakis-room | 2011-05-09 19:09 | つれづれに | Comments(4)
Commented by saheizi-inokori at 2011-05-09 20:53
私の方が途中で寝てしまいました^^。
Commented by gakis-room at 2011-05-10 08:35
saheiziさん,
おや,そうでしたか。
では土曜日の再放送をお楽しみに。
Commented by saheizi-inokori at 2011-05-11 09:34
昨日これをみようと上野に行ったらもう3時、風呂にも入りたいし、落語の時間もあるしでフエルメール展を30分だけみて帰りました。仕切り直しです。
Commented by gakis-room at 2011-05-11 18:31
saheiziさん,
東京在住の方にとっては急ぐことではありませんね。
どうぞ,ごゆるりと。


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