2010年 05月 14日
「命にかけても伝えたかった」ものは何だったのか,「大遣唐使展」
d0006690_6115727.jpgこのところ,観光地としての凋落を指摘されてきた奈良ですが,このところの奈良の混み合いはまだ続いているようです。言うまでもなく「平常遷都1300年記念祭」です。4月24日〜5月9日までの「春季フェア」には予測の35万人を越えて,54万4000人の来場があったそうです。

平城旧跡の真ん中を近鉄電車が走っていますが,その電車の中から見る限り,平日の昨日も修学旅行生を含めてそれなりの人の出のようでした。私も復元され大極殿と遣唐使船を見てみたいと思っていますが,それはもう少し後になります。

「大遣唐使展」(奈良国立博物館)を観て来ました。こちらはそれほどの混み合いもなく,ゆっくりと観られました。

入るとすぐに「観音菩薩立像」(ペンシルバニア大学博物館,チラシの左)と「聖観音菩薩立像」(国宝,薬師寺,チラシの右)が出迎えてくれます。これが「夢の競演」です。

通常の企画展は新館で行うのですが,今回は本館も第2会場になっています。7つのテーマに分けられた220点余の多数の国宝,重文と海外からの文化財ですから,見応えもがあり,3時間近くかかりました。しっかりと疲れました。

ところで,チラシに書かれたコピーの「命をかけても伝えたかった」のは何だったのでしょうか。先進文明の唐の文物の移入のことだったのでしょうか。

なお,富本銭(683年頃)の発掘まで,最古の貨幣とされた和同開珎(708年)には銅銭だけでなく銀銭もあり,それは唐への進物だったらしいことを展示品から初めて知りました。

日本は663年,「白村江の戦い」で唐・新羅連合軍に戦いを挑み,惨敗したあと,大陸,朝鮮半島からの精神的独立をはかり,国号を日本とし,大王を天皇と自称するようになりますが,「独自の鋳造貨幣の進物は,この国の独立性を伝えたかった」とは帰りの車中で脳裏をかすめたことでした。

こちらで「みどころ&主な出展作品」を見ることができます。

※写真はクリックすると拡大します。
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by gakis-room | 2010-05-14 07:12 | つれづれに | Trackback | Comments(4)
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Commented by saheizi-inokori at 2010-05-14 08:43
船や航海術は非常に遅れていて遭難しない方が不思議なくらいだったといいますね。
今の宇宙旅行よりずっと決心・覚悟が必要だったのでしょう。
Commented by gakis-room at 2010-05-14 09:05
saheiziさん,
航海術に加えて,船の構造,気象条件等,遭難と隣り合わせだったと思います。特に白村江の戦いの後は,新羅との関係から朝鮮半島経由の接岸航法ができなくなったために,危険性はさらに高まったように思われます。
Commented by 高麗山 at 2010-05-14 11:55 x
今日は偶然に奈良へ出かけます、自動車は止めにして
バスで出かけて“大遣唐使展”を『意を決して』観てきたいと
思います!   なんでそんなに覚悟が必要なのか、自分でも
分かりかねています。。。
Commented by gakis-room at 2010-05-14 18:31
高麗山さん,
何でもないことをやる時に,気合いをかけてやることもありますよね。
何はともあれ,きょうは楽しめたでしょうか。


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