2010年 04月 14日
旧暦と新暦,きょうは何の日
韓国紙「聯合ニュース」(日本語・電子版)の「今日の歴史(4月14日)」を見ると,「1592年:壬辰倭乱(文禄の役)発生」とありました。それで,「4月14日,1492年のきょう,文禄・慶長の役始まる」をタイトルにブログ記事にしようと思いました。

しかし,ウィキペディア(Wikipedia)で「文禄・慶長の役」を見ると
 「4月12日(旧暦)、釜山に上陸した日本軍は翌13日より攻撃を開始した」
とありました。

手元のいくつかの本に当たってみました。

 「朝鮮王朝史・上」 李成茂著(日本評論社)  4月14日 午後5時 釜山着 
 「朝鮮王朝実録」 朴永圭著(新潮社)     4月13日 午後5時 釜山着
 「旧参謀本部編 日本の戦史」(徳間文庫)   4月12日 釜山着,13日釜山陥落
 「韓国歴史地図」 韓国教育大学歴史教育科著(平凡社)  4月13日 釜山陥落

まあ,1日,2日の違いですから,それほど気にすることはないかも知れません。しかし,気になったのはいずれも旧暦であることです。ここでいう4月13日は文禄元年(厳密には天正20年,同年12月8日に文禄と改元)のことです。そして,その日は新暦では5月24日になります。

とすれば,文禄の役の開始は1592年5月24日とするのが正しいのではないかと思われます。ちなみに「大坂冬の陣」は慶長19年(1604年)11月19日です。立冬(11月7日頃)を過ぎていますから,冬と言えば冬ですが,新暦換算では12月19日ですから,季節感覚は「冬の陣」です。

しかし,「赤穂浪士の討ち入り」となると少し違ってきます。討ち入りは元禄15年12月14日ですが,新暦では1703年1月30日です。これで江戸の大雪も納得できます。しかし,手元の年表(新編日本史図表,第一学習社)では「1702年12月」とされています。元禄15年の大部分は1702年ですが,1702年と1703年とが同じでいいはずはありません。

日本における太陽暦(グレゴリオ暦)の採用は1872年(明治5年)で,明治5年12月3日を明治6年1月1日としました。それ以前のできごとは,新暦換算しなくてもいいのかなと思ってしまいます。たとえなじみにくくても,赤穂浪士の討ち入りは「1703年1月30日(元禄15年12月14日)」というように。
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by gakis-room | 2010-04-14 19:21 | つれづれに | Trackback | Comments(4)
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Commented by saheizi-inokori at 2010-04-14 19:47
忠臣蔵を書きなおさなければいけないかな。討ち入りの日は雨だったという話も読んだことがあります。
Commented by gakis-room at 2010-04-14 19:51
saheizi-inokoriさん,
月日がよく知られているものは忠臣蔵以外に思い当たりませんが,歴史書となると話は違ってきます。
まあ,月日を問題にすることは少ないかもしれませんが…。
Commented by 高麗山 at 2010-04-14 23:01 x
歴史は年々歳々変化するものとは思ってもいませんでした。
それが何と、先だってのTVで日本史が我々が習った年代や呼び方までもが変わっていることに、ビックラこきました!
日本史の、入試問題如何しているのか、大変興味がわきました。
Commented by gakis-room at 2010-04-15 07:28
高麗山さん,
年代で言えば,頼朝による武家政の確立でしょうか。頼朝が征夷大将軍になった1192年ではなく,全国に守護・地頭を置いた1185年とされています。
また,呼び方で言えば,蘇我氏が滅びた645年の事件は「乙巳(いっし)の変」で「大化改新」はこの事件後の一連の流れを言うようです。


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