2009年 11月 08日
もう一つの若冲の世界,「若冲 ワンダーランド」・MIHO MUSEUM
d0006690_20163867.jpg伊藤若冲の人気は相変わらずのようです。一昨年6月に京都で見た「若冲展」では「70待ち」でした。帰る時には「待ち時間180分」になっていました。

会場の「MIHO MUSEUM」は滋賀県甲賀市信楽町,東海道本線の石山駅からバスで50分,関西に住む人にとっては山中です。「若冲 ワンダーランド」の会期は9月1日から12月13日までの長期です。土曜日の午後ではありましたが,それなりの賑わいでした。

若冲と言えば,観察力と彩色の艶やかさです。しかし,もう一つの若冲がありました。この2種のチラシになった「象と鯨屏風」は昨年この「MIHO MUSEUM」が所蔵するにいたった今回のメインです。象と鯨のどちらもデフォルメされています。

d0006690_20251295.jpg「雨竜図」です。目玉といい,はずれてしまったような顎といい,マンガ的で「若冲展」で見た若冲の世界とはとても思えません。

「若冲 ワンダーランド」では,彩色画は少なく,墨画が中心でした。そして,特に晩年の若冲にはこの「雨竜図」のような,どこかとぼけたおもしろさがあるようです。

今回の展示はこのような作品が多くありました。私には「若冲 ワンダーランド」でなく,「もう一つの若冲の世界」という感じでした。それは若冲が歳を重ねて枯れていったのか,それとも最初からこのような世界を内に持っていたのかは私は知るよしもありません。

30代半ばから名乗った「若冲」の号は,「老子」の「大盈(だいえい)は冲(むな)しきが若(ごと)きも,其の用は窮(きわ)まらず」(満ち足りているものは空虚なように見えても,その役目は尽きることがない)から名付けられたといいます。

若冲は23歳で大青物問屋を継ぎますが,40歳で家督を譲っています。こうしたことから,商売には熱心ではなく,を絵を描くこと以外には全く興味を示さなかったと言われていますが,実際には京都の錦小路の商人たちの利害のために奮闘しているようです。

何とも不思議な画家です。

d0006690_20164951.jpg「MIHO MUSEUM」の正面入り口です。「MIHO MUSEUM」は世界救世教から分離した「神慈秀明会(しんじしゅうめいかい)」が運営する美術館です。

この美術館は「芸術に触れることで,魂が清まり,人徳が向上するという教え」に基づくもののようです。常設展として,「エジプト」,「ギリシア・ローマ」,「西アジア」,「南アジア」などの部屋があり,数は多くはありませんが,見所の多い展示内容です。

また,工夫を凝らした展示とともに館の内外に食堂施設もあり,心配りが感じられました。なお,「MIHO」は教団の創設者小山 美秀子(こやま みほこ)の名前からの「MIHO」です。

※写真はクリックすると拡大します。
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by gakis-room | 2009-11-08 07:00 | つれづれに | Trackback | Comments(2)
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Commented by saheizi-inokori at 2009-11-08 08:17
石山寺からは近いのですか?
Commented by gakis-room at 2009-11-08 09:35
saheiziさん,
石山寺はJR石山駅から南へバスで5分位です。MIHO MUSEUMはさらに南へ45分ですから,ずいぶんと離れています。


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