2009年 10月 12日
10月12日,1960年
きょうにはこんなことがありました。
1492年  コロンブス,西インド諸島(バハマ諸島)に到達。
1897年  朝鮮王朝,国号を大韓帝国と改称
1920年  柳寛順,獄死(16歳)。三一独立運動に参加し,彼女は韓国のジャンヌダルクと称されている。

しかし,私には1960年10月12日です。この日の午後,日比谷公会堂で自民党,社会党,民社党の3党党首による立会演説会がありました。民社党委員長西尾末広のあとに登壇したのが社会党委員長浅沼稲次郎でした。

演説を初めてまもなく,彼は右翼の少年(17歳)に刺殺されます。白昼,しかも立会演説会場での政治テロです。私はそのことを夜のラジオニュース(我が家にはまだテレビはありませんでした)で知りました。その年の5・6月のいわゆる「60年安保」でちょっとした政治少年になっていた私には大きなショックでした。

その少し後の校内弁論大会で私はこのことをテーマにしたことを覚えています。高校1年の秋でした。ショックはなお続きました。衆議院は10月24日に解散され,11月20日に総選挙が行われました。「60年安保」の余韻と野党党首への白昼テロの後のことですから,私は社会党の勝利を期待,いいえ,確信していました。しかし,勝利したのは自民党でした。

 【獲得議席数】  (  )内は前回1958年5月22日の総選挙による獲得議席
   自民党 296(287)
   社会党 145(126)
   民社党  17(40)

民社党は1960年1月,社会党から脱党した議員によって結成され,所属する衆議院議員は40名でした。社会党は,解散時の126名から15名増やしたとはいえ,民社党結党以前の166名にも及びませんでした。逆に自民党は9議席増でした。

この年の7月15日に岸内閣は総辞職し,その後を継いだ池田勇人内閣は「寛容と忍耐」をキャッチフレーズにするとともに,「所得倍増計論」を打ち出していました。それは10年後には国民総生産を倍にするというものでした。社会党の対抗コピーは「牛乳三合論」でした。小学校時代の給食の脱脂粉乳のトラウマを持つ私には「牛乳三合論」は当然のこととして違和感がありました。

これではコピーとしても政策としても勝負にはならない,社会党は敗れるべくして敗北した,社会党には政権担当者としての政策がなかった,と私が考えたのはずっと後になってからのことです。そして,その後も社会党は,政権党を上回る政権担当(目指す)政党としての政策を打ち出し得なかったように思います。政権担当のなんらの準備もないままに成立した村山内閣の無残さはことの必然であったように思われます。

ところで,半世紀後に野党となった自民党には,民主党を凌駕し,国民を引きつける政策を用意できるのでしょうか。「責任力」の内実が野党批判でしかなかった自民党の空虚さを埋めるものは,政策立案能力の回復だけのように思われます。ちなみに,池田内閣の成立は,池田隼人がエコノミストや官僚系議員たちとともに「所得倍増」のもととなる政策構想を練り上げていくための自らの政策集団(派閥)である宏池会を結成してから3年余後のことでした。
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by gakis-room | 2009-10-12 14:08 | つれづれに | Trackback | Comments(10)
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Commented by 高麗山 at 2009-10-12 23:06 x
光市事件の元少年は、昨今一橋大学職員の出版物によって実名を曝されました。
浅沼事件の少年は即座に、実名を曝されたように思いますが如何でしたでしょうか。
Commented by gakis-room at 2009-10-13 08:00
高麗山さん,
テロ直後の壇上の写真が衝撃的でした。顔は何度も掲載されたように思います。実名については定かではありませんが,比較的早くから実名報道であったような気がします。
Commented by tokuro94 at 2009-10-22 22:16 x
 自民党が復活するのか、分裂または消滅するのか。非常に注目しています。理念というのも、分かりにくい政党になっていますものね。特に福田康夫総裁と、麻生太郎総裁の率いたときの自民党は理念がよく分からなかったです。選挙のことを考えるのが政党でしょうが、内閣が成立して日が経つに連れどんどんメッキがはがれていきました。
 僕がずっと気になっているのは、借金をいかにして返済するのかということです。
 民主党政権が財政規律を破綻に追い込むのかどうかわからないので、はっきりと評価できませんが、対抗勢力の力が保たれることは大切だと思います。
Commented by イネ at 2009-10-22 23:24 x
gakisさん、『ホジュン』を読みました。8月2日に紹介してくださった『東医宝鑑』を著した人、ホジュンをえがいた本です。
そこに病に苦しむ人がいたら助けずにはいられない、まっすぐな気持が伝わってきて読まされてしまいます。
秀吉の倭軍が攻めてくる、そういうさなかにすすめられた著作だったようです。ホジュンの師“柳義泰”の柳つながりで柳寛順の記事の書かれているここにコメントさせていただきました。ありがとうございました。
Commented by gakis-room at 2009-10-23 09:44
tokuro94さん,
いわゆる「事業仕分け」がどのようになるかは分かりませんが,予算の概算請求を見る限り「国家戦略」は目に見えたものにはなっていませんね。性急過ぎる期待はよくありませんが,道筋はおぼろげであっていいと思いますから,見えるようになってほしいと期待しています。

自民党のじり貧傾向はまだまだ続きそうな気がします。

Commented by gakis-room at 2009-10-23 09:56
イネさん,
許浚を読まれたのですね。
「東医宝鑑」は患者が訴える症状を挙げて,その下に諸原因による病気によって分類し,すぐに処方ができるように構成されているそうです。「病に苦しむ人がいたら助けずにはいられない」医師としての彼の人間性を伺うことができます。
Commented by イネ at 2009-10-23 16:30 x
なるほどよくわかりました。
自分ひとりで朝鮮半島の病に苦しむ人々をすべて救うわけにはいかない。どこの医者でも治療が出来るように、今まで蓄積した治療方法を記したのですね。
Commented by gakis-room at 2009-10-23 18:51
イネさん,
最高の医術を王の独占から解放したということでしょうか。ホジュンは「医は仁術」を体現した人のように思われます。
Commented by tokuro94 at 2009-10-29 14:35 x
 お返事有難うございます。鳩山由紀夫内閣は、まだはじまったばかりですものね。これだけ、お財布が大きな国でお金の使い方を決めるのは並大抵なことではありませんものね。マニフェストを読んで、一番期待したのが、国家戦略局ですが、今はまだ国歌戦略室ですものね。これだけの時間で、大仕事は無理です。4年間、お手並み拝見です。
 自民党のじり貧状態は、長期的に続くでしょうね。この1週間以内に産経新聞に掲載された(このような注を書くのは見苦しく申し訳ありません)、河野洋平前衆議院議長の見込みでは、党の再生には8年かかるそうです。おそらく次回の総選挙で勝利するイギリスの保守党が、政権を取り返すのに、おそらく10年以上かかる見込みのように、このままでは自民党は危ないですね。
 ブレア党首率いる労働党が、保守党に大勝したのは、僕が高校3年生の時でした。その新聞は記念に残しています。
Commented by gakis-room at 2009-10-29 17:59
tokuro94さん,
国家戦略室がどのように機能するか,まだまだ時間がかかりそうです。もう少し民主党内できちんと具体的なイメージが作られていたかと思っていましたが…。
しかし,政権発足からまだ一月半ですから。

昨日の代表質問を聞く限りでは,自民党のジリ貧も続きそうです。


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