2009年 09月 02日
1945年9月2日 ,日本の降伏の日
64年前のきよう,9月2日にアメリカ戦艦ミズーリ号上で,連合国に対する日本の降伏文書に調印がなされました。調印したのは,日本側全権として天皇および政府を代表した重光葵外相と大本営を代表した梅津美治郎参謀総長でした。

この調印により,1941年12月8日からの戦争は終結します。したがって,国際法的には9月2日が「敗戦の日」ということになります。しかし,なぜ,8月15日が「終戦の日」なのでしょうか。

ポツダム宣言の受諾を決め,連合国に通告したのは8月14日です。8月15日はポツダム宣言の受諾,戦争の終結,つまりは日本の降伏を天皇が国民に放送しただけの日です。太平洋戦争の終結を降伏文書に調印した9月2日とするのであれば,果たして「終戦の日」と呼称されていたでしょうか。

また,降伏文書に調印したこの日に「靖国神社参拝」はおこなわれたでしょうか。何か「巧妙な智慧」を感じてしまいます。

ところで,この日にもう一つの出来事がありました。連合国軍最高司令官マッカーサーは,関東軍,朝鮮半島の日本軍(当時は関東軍下の第17軍)に対して,北緯38度線以北はソ連軍に,以南はアメリカ軍に降伏するように指令を出しています。こうして朝鮮半島は米ソの軍政下におかれ,南北分断の線が作られました。

朝鮮半島では,すでに8月15日に朝鮮総督府から統治権を委譲された呂運亨らによって「建国準備委員会」(建準)が結成されていました。建準は瞬くに朝鮮半島全土にその支部を結成し,9月6日には「朝鮮人民共和国」の樹立を宣言します。しかし,「朝鮮人民共和国」は米ソから否定されました。

ポツダム宣言の受諾がもう少し早ければと,ここでも悔やまれます。
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by gakis-room | 2009-09-02 13:12 | つれづれに | Trackback | Comments(0)
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